予想もしていなかった事に、グリアは瞳を大きく開いたままだった。
ようやく鎌を引くと、後方に下がって少し距離をとった。
だが、すぐにグリアは今まで天王に向けていたはずの憎悪をリョウに向けた。

「リョウ……。テメエが守りたいのは、天王ってワケか」

リョウの後ろに立つ天王は、今だに少しも体勢を崩さない。
天王にとっては、後は事の成り行きを傍観するだけでいいのだ。

「………ボクが守りたいのは……!!」

リョウの声は震えている。自分で自分の行動に戸惑っていた。
言い終わる前に、グリアが言葉を繋げる。

「亜矢か?」
「………………」
「亜矢がそれを望んだのか?テメエの助けが欲しいと言ったのか?」

リョウは言葉を詰まらせた。

「いい加減に気付け。呪縛が解けた今も、てめえは天王に支配されてんだよ。心の定まらないヤツの助けなんざ、誰も必要としねえ」

「……………!!」

その言葉が、リョウにとって大きな衝撃となった。
リョウの中で、あの時の亜矢の言葉が思い出される。

『あんな危険なやつ、放っておけないでしょ?』

――亜矢ちゃんは、きっとグリアを必要としている。

そして、あの時のレイナの言葉。

『グリアさんは、素敵な人だな……って』

――レイナも、グリアの事を必要としている。

自分は?自分は、誰かに必要とされた事があるのだろうか?
その迷いが生んだリョウの答えとは―――

「グリア……どうしてお前はいつもボクから奪うんだよ……」

グリアとの絆を選んだ為に、逆に沢山のものを彼によって奪われ、失った。
いっそ、彼を憎む事が出来たならどれだけ楽だろうか。
自分を偽り続けたリョウの心が、堪え切れず崩壊していく。

「もうこれ以上、ボクから奪うなっ!!」

声を振り絞って叫んだ。前髪が垂れて表情を隠す。
ようやく、リョウは気付いた。
亜矢を守りたいと思うのは、使命や責任感によるものではない。
本当は、心の奥底では、グリアにさえ奪われたくなかった。
亜矢の心を。
だが、もう遅かった。
自分が無意識のうちに天王に動かされていたとしても。
それを認めず、否定し続けて苦しむくらいなら……
天王に従う事こそが、自分の意志だと認めてしまえばいい。
逆らえないのなら、従えばいい。
拒めないのなら、受け入れてしまえばいい。
リョウの心の迷いは今、運命への服従という『狂気』に辿り着いた。
リョウのその叫びが虚空へと消えた後、リョウとグリアの間を風が吹き抜けた。
それはまるで、目に見えない絆を切り裂く刃。
少しの沈黙の後、グリアが重く静かに口を開いた。

「それが、てめえの答えか」

グリアの冷たい瞳が自分に向けられた時。
リョウはもう、後には引けない所まで来た事を感じた。

「全てボクの意志だ」

狂気へと辿り着いた心は、強大な力となってリョウの迷いを消した。

「なら、てめえは敵だ」

グリアは背中を向け、歩き出した。
その背中を見ているうちに、リョウは突然全身に激しい虚脱感を覚え、ガクっと体勢を崩して地に膝をついた。
今まで何があっても、グリアはリョウを突き放す事だけはしなかった。
今、大切な物をまた1つ失ってしまった事実。
迷いは消えたはずなのに、胸が張り裂けそうな程に痛く苦しい。