グリアは、息を切らしてマンションの階段を上り続ける。

(この胸クソ悪い気配は……ヤツか………!!)

グリアはギリっと歯を鳴らした。
階段を上り尽くし、辿り着いたのはマンションの最上階。屋上だ。
何もなく、ただ広いスペースと強めの風が吹くその場所に踏み入った時。
グリアの視界に入ったのは、長い髪を風に揺らし、たたずむその男の姿。
グリアは射貫くような眼で相手を睨み、憎しみをこめてその相手の名を口にする。

「天王……!!」

スーツを身に纏い、人間を装って『天真』という名を名乗っているが、そこに立っているのは紛れもなく天界の王。
距離をとって正面に立っているものの、グリアとは逆に天王は冷静だ。

「出不精の天王サマが、自らこんなトコまで出向くとはな。望み通り、てめえの胸クソ悪い気配を消しに来てやったぜ」

グリアはこの場所に立った時から敵意――いや、殺意に似た感情を露にしているが、天王はその瞳さえも少しも動かさない。

「死神よ。私がお前を呼んだのではない。お前が引き寄せられたのだ」
「うるせえよ」

感情のない、静かとも言える天王の口調は、逆にグリアの中の憎悪の念を煽る。

「そんなに欲しいかよ、亜矢とリョウが。……いや、亜矢の魂とリョウの力が」
「……」

天王は問いかけには答えない。
グリアをこの場に呼び寄せておきながら、最初からグリアを相手にするつもりはない。
グリアは自分の手に『死神の鎌』を出現させると、刃先を天王に向けて構えた。

「テメエを殺れば、天界は終わりだな?」

グリアは口の端をつり上げた。
刃を向けられても天王は動かず、警戒体勢も取らない。
天王はその静かな瞳の奥で、グリアではない全く別の物に目を向けていた。
グリアは眼中にない。

「オレ様は、テメエも……テメエ色に染まった天界も気に入らねえ。ここで潰すぜ」

ここで、ようやく天王は眼前のグリアに向かって静かに笑いを浮かべた。

「死神グリアよ。お前にそれが出来るか?」

グっと、グリアは鎌を握る手に力をこめる。




その頃、リョウの部屋では。
亜矢と同じく、リョウもまた心の中で迷いと葛藤を繰り返していた。
まるで出口のない迷路を彷徨うかのように、いくら考えても何も答えは出ない。
何故、ここまで心が苦しいのだろうか。
自分の意志とは一体、どこにあるのだろうか。
自分は一体、本当は何を守りたいのか――?
何も分からない。
その時。

ドクン……!!

先程、グリアが感じたものと同じ大きな力の振動が、リョウの中でも響いた。
リョウはその力を感じ取ったその瞬間、我を失って立ち上がった。
何かを考えるよりも先に、玄関を出て走り出していた。

(行かな…きゃ…………!!)

近くの場所で、何か大きな力が反発しあっているのを強く感じる。

(止めなきゃ…………!!)

リョウは我を忘れ、マンションの階段をかけ上る。
その強大な力に導かれ、引き寄せられて。
リョウが辿り着いた先は、マンションの屋上。
その瞬間、リョウの目の前にあった光景は衝撃的なものだった。
グリアが鎌を構え、天王に斬りかかろうとしていた。
天王は、リョウがこの場に来た事を気配によって気付いたが、瞳は動かさずに静かにグリアを見据えたままだ。
グリアはリョウの姿に気付いていない。
天王は微かに口元だけで笑った。
今、天王が目的を果たす為に必要なものが全て揃ったのだ。

「愚かなる死神よ。全ては私の手中に収まる運命にある事を思い知るがいい」
「させるかよ」
「お前が1年かけて甦らせた少女の魂もだ」
「………ッ!!」

その言葉が引き金となり、グリアは天王に向かって鎌を振り上げた。
その勢いはまるで、疾風の刃。
だが、目前に迫るグリアに対して天王は少しも動じる事もなく、構える事もない。微動だにしない。
天王は、全てを見透かしていたからだ。
この次に、何が起こるかを。
この展開ですら、天王によって仕組まれた筋書きの1つでしかないのだ。

「………ッ!?」

刃が届くその寸前、グリアは手を止めた。

「リョウ!?」

グリアが振り下ろした刃先の前には、リョウが立っていた。
それは、まさに自分の身を挺して天王を庇う体勢だった。
鎌の刃先は、リョウの鼻先に触れそうなくらいまで迫った位置で止められていた。
とっさの行動だったのだろう。リョウの額から汗が流れ出ている。

「何やってんだよ、グリアッ!?」

温和なリョウらしくなく、眼前のグリアを睨みつけて力の限り叫ぶ。