「えっ!?レイナちゃん、もう帰っちゃうの?」

次の日の朝、レイナは亜矢の部屋へ訪れた。
玄関の前で、レイナは丁寧すぎるほどにお辞儀をしてから顔を上げた。

「はい。私はまだ見習いの天使なので、人間界に長くは居られないんです」

亜矢の心では、未だに昨日のレイナの質問に対する答えは出せないままだ。
何かモヤモヤした感情を残しつつ、亜矢にしては珍しく作り笑いをした。
その時、亜矢の後ろからグリアが姿を現した。

(グリアさん!?)

声には出さないが、レイナはグリアの姿を見ると少し顔を赤らめた。
だが、何故グリアが亜矢の部屋にいるのだろうか?
亜矢の部屋にグリアが勝手に上がりこむのはすでに日常になっている事だが、そんな事情も全く知らないレイナは小さなショックを受けた。

(やっぱり、亜矢さんとグリアさんって……)

レイナは沈んだ表情になる。
その時、グリアが亜矢の前に歩み出て、レイナの頭にポンッと軽く手を置いた。

「…………?」

レイナはゆっくりと顔を上げ、グリアを見上げる。

「あんたは、リョウみたいな天使になるなよ?」

そう言うグリアの瞳は、いつもの鋭いものではなく、どこか優しさを含んでいる。
グリアは、レイナをリョウと重ねて見ていた。
レイナが、兄であるリョウと同じ道を歩む事になれば――それは、過酷なものとなる。
リョウの苦しみと本当の心を彼なりに理解しているグリアだからこそ言える、レイナに対しての『忠告』なのだ。
レイナはグリアの言葉の意味が理解出来なかったが、瞳の奥深くの優しさを感じ取った。
だが、そんなグリアを見ていた亜矢の心が―――ズキンと痛んだ。
グリアが女の子に優しく触れるのも、あんな優しい瞳をするのも――初めて見た。

「あの、亜矢さん」
「え、なに!?」
「お兄ちゃんは、何でも一人で抱え込んで自分を追い詰めちゃう人だから…お兄ちゃんの事、よろしくお願いします」
「え、ええ…。でも、なんであたしに…?」

それには答えず、レイナはただニッコリと笑った。
亜矢から見て、レイナは兄想いで優しい子だと素直に思う。
でも………亜矢は、レイナに『作り笑い』しか返せない自分に気付いた。
そんな自分自身に嫌悪感を抱く。