その後、二人は買い物をしたりして時間を過ごした。
いつもと変わらないお買い物コースも、今のコランにとってはデートコース。
夕方になり、繁華街の路上を歩いていると、二人に近寄ってきた男がいた。

「お嬢さん、カラオケどうですか?」

どうやら、カラオケ店の客引きらしい。
いつもなら亜矢はこういった勧誘は軽く流すのだが、次に男はコランの方に視線を向けた。

「そちらの彼氏とご一緒に、どうですか?」
「はあっ!?」

亜矢は、思わず声を上げて足を止めた。
コランは、キョトンとしている。

(彼氏って、コランくんが!?)

「ち、違いますから!………コランくん、行こう!!」

亜矢は逃げるようにして、早足で歩き出した。
大人になったコランは、早歩きの亜矢にも余裕でついていける。

(び、びっくりしたわ……!!)

まさか、コランが自分の彼氏に見られるなんて。
心臓をドキドキさせながら、前方だけを見て上の空でいると、コランが急に亜矢の片腕を掴み、引張るようにして先導し始めた。

「アヤ、あっちに行こう」

その力強さに亜矢は我にかえり、コランの顔を見上げる。
その顔があまりにも真剣だったから、亜矢はさらに心臓を高鳴らせた。
コランのこんな顔は初めて見た。
いつも、元気いっぱいで笑顔のコランが、真剣に、前だけを見て。
そうして、コランに誘導されてやって来たのは、自宅近くの公園。
ここもまた、いつもコランと一緒に散歩して歩く場所だ。
池の鯉などを眺めたりして歩いた後、歩き疲れてベンチに並んで座った。
だが、コランはさっきから無口だ。
一体、どうしたのだろうかとコランの顔を覗くように見ると、コランが真直ぐな瞳を向けて亜矢の顔を見返した。

「オレって、アヤの『カレシ』に見えるのか?」
「え、えっ!?」

亜矢は、ただ驚きの声を返すしか出来なかった。
コランは幼い割に、けっこう色々な言葉を知っている。
まあ、あの魔王の弟なので、不思議ではないのだが。
だが、いつものコランの姿で言われるなら笑顔で軽く返せる言葉も、大人の姿で言われると……どう返していいのか分からない。

「アヤ……」

コランは、体全体を亜矢の方へ向けて、向かい合った。

「え…?」

コランの顔を見上げる。
ルビーのような綺麗な瞳で、そんなに真直ぐ見られると…
彼から視線がそらせなくなる。

「今……オレにもう一度、契約の証をくれ」
「!?」

亜矢は瞳を大きく開いた。
悪魔との『契約』とは、『口付け』の意味を表す。
言い換えれば、コランは亜矢に「キスしよう」と言っているようなものだ。

「え……!?だ、だって、コランくんとは、前に契約したでしょ?」

亜矢はコランの瞳を見つめたままだったが、その口調には動揺が表れている。
亜矢とコランが初めて出会ったあの日、確かに二人は口付けをした。
事故とは言え、それが悪魔であるコランとの契約の証になったのだ。
だが、コランは少しも瞳をそらさず、亜矢の両肩に手を添えた。

「ずっとアヤと一緒にいて、ずっとアヤの願いを叶え続ける。その為の、契約の証だ。……いいか?」

それは、『誓い』という名の口付けだと言うのだろう。
どうしてだろうか、姿だけが大人になったと思ったのに、今のコランの言葉はだんだんと大人びていく気がする。これも、魔法の効果だろうか。
純粋なコランは、言葉を飾ったりはしない。
だからこそ、その思いは亜矢の心に響くのだ。

「アヤ……好きだ」

いつものコランに対してなら、「あたしも好きよ」と亜矢は笑顔で言えるのだが、今は言葉にならない。
コランの事は、もちろん好きだ。でも、今はその言葉1つの重みが違う。
コランの言う『好き』に応えるには、今の自分の言葉だけでは足りない気がして。
亜矢は返事の代わりに、静かに目を閉じた。
コランが亜矢の肩を引き寄せ、口付けようと近付けた、その時。

ポンッ!!

目の前で軽い爆発音が聞こえ、亜矢は驚いて目を開けた。
だが、目の前には誰の姿もない。
ふと視線を少し下に落とすと、ベンチの上にチョコン☆と座る子供の姿。
元の、子供の姿に戻ったコランだ。
コランの変身魔法の効果が切れてしまったのだ。
コランは目をパチパチさせた後、自分の体を見回した。
そうして、シュン、と残念そうに肩を落とした。

「元に戻っちゃった………」

残念どころか、今にも泣きそうな顔をして瞳を潤ませているコラン。
亜矢はようやく心を落ち着かせると、優しく微笑んでコランの頭に手を乗せた。
コランが少しだけ顔を上げる。

「さっきの続き、ね」

そう言って亜矢は、そっとコランの額に口付けた。

「アヤ……?」

コランは、瞳に涙を溜めている。

「あたしの願いはね、コランくんと一緒にいられるだけでいいの」

コランは、ようやくいつもらしい笑顔を向けた。

「うん、オレの願いと同じだぜ」

顔を見合わせ、二人はニッコリと微笑んだ。

「それに、今のままのコランくんだって充分カッコイイわ」
「ホントか!?えへへー♪」

亜矢は立ち上がると、コランに向かって片手を差し出した。

「帰ろう、コランくん」

コランは小さな手を伸ばし、亜矢の手を握った。
オレンジ色の夕日を背中に受けた亜矢を見上げ、コランは赤の瞳を少し細めた。

「うん」

手を繋いで、二人は優しい夕日に包まれた公園を歩いた。
今度は、亜矢がコランの小さな手を包むようにしっかりと握って。