着替え終わって部屋を出ると、コランも余所行きの服装に着替えて待っていた。

「あら、その服って?」

亜矢の家には、もちろん大人の男性が着れるような服は用意されていない。
コランは、無邪気にニッコリ笑う。

「魔法で着替えたんだ!これ、兄ちゃんの服!サイズもピッタリだぜ!」

だが、亜矢は別の事を思った。

(魔王の服、勝手に借りて大丈夫なのかしら……)

思わず、思考と問題がズレる。
そうして二人は外へ出ると、近所の繁華街へと向かって歩き出す。
いつも一緒にこの道を歩いているはずなのに、いつもと違う。
何故か、すごくドキドキする。
亜矢は、隣を歩いている長身のコランを時々チラっと横目で見る。

「オレ、一度アヤと『デート』してみたかったんだ!」
「なっ!?」

突然のコランの発言に、亜矢は大げさにリアクションしながら声を上げた。

「コランくん!その言葉、どこで覚えたのよ……もう」
「えへへー♪」

コランはただ、ニコニコするだけだ。
だが、次にはまた、亜矢は驚きに声を上げた。

「こ、コランくん、手っ……!!」

コランが、亜矢の片手を握ったのだ。
亜矢は、動揺しながらコランを見上げるが、コランはキョトンとしている。

「なんで驚くんだ?いつも手つないでるじゃないか」

言われてみればその通りなのだが、今は状況が全く違う。
だが、コランの瞳は相変わらず純粋だ。拒む理由だって、何もない。

「………うん、そうよね」

落ち着いて、この人はコランくんなのよ…!と自分自身に言い聞かせ、亜矢はいつものようにコランの手を握り返した。
だが、いつもと違うコランの手の平はとても大きくて。
握り返すつもりが、逆にコランの手に包まれているのだ。
何気なく手を繋いでいるだけなのに、いつもと同じ事をしてるだけなのに。
亜矢は、コランの仕草1つ1つを意識して見るようになっていた。
元々、コランは愛情表現がストレートであり、純粋なまでに真直ぐだ。
その1つ1つに照れてしまい、恥ずかしく思ってしまう。
亜矢には、自覚がないのだ。
今、自分の眼の中でコランを一人の青年として映している事に。






亜矢とコランは、お昼にレストランに入った。

「今日はコランくんとのデートだもんね、奮発よ」
「わーい!」

その子供っぽい反応が今の姿とアンバランスで、亜矢はクスクスと笑う。
テーブルに着くと、ウェイトレスが注文を受けに来た。

「ご注文は何になさいますか?」

するとコランはメニューを開きもせず、即答した。

「お子様ランチ!!」

亜矢は、思わず頭をテーブルに突っ伏しそうになった。

「え~と、そのご注文は小学生以下のお子様に限らせて頂いてまして…」

明らかに戸惑っているウェイトレス。
大の大人が、真面目な顔してお子様ランチを注文する姿は異様だろう。
だが、コランは今の自分の姿を忘れているのか、ちっとも気にしていない。

「なんで?オレ、前にソレ食べたぜ?」

亜矢が、慌ててコランの言葉を遮る。

「えっと、Bランチ2つお願いします!!飲み物はアイスコーヒーで!!」

勢いよく早口で言うと、亜矢はフウっと息をついた。

「コランくん、勝手に注文決めちゃったけど、あれで大丈夫よね?」

今のコランは、きっと食べる量だって普通に大人並だろう。
Bランチはお肉の料理だし、お肉大好きなコランは好んで食べるだろう。
そんな亜矢の気遣いに気付かないコラン。

「びぃーランチって………おもちゃ付かないのか?」

あっ、となって亜矢は口を開ける。
コランは、お子様ランチに付くおもちゃが欲しかったのだ。
見た目は青年と女子高生なのに、端から見ればこの会話はかなり異様である。
そうして、テーブルに運ばれてきたBランチ2つ。
飲み物は、亜矢が勢いで注文してしまった為に二人ともアイスコーヒーだ。
お子様ランチに執着していたコランも、いざ肉料理を目の前にすると、嬉しそうにして夢中で食べ始めた。
そして、あっという間に一人前を平らげた。

「オレ、こんなに沢山食べたの初めてだぜ!」

コランは満足そうに言うと、次にアイスコーヒーを一気に飲んだ。
だが、そこでコランの動きが突然ピタっと止まった。
亜矢は不思議に思って、自らの動きも止めてコランを見る。

「アヤ~~、これ、苦い………」

コランは、コーヒーを飲むのは初めてだったのだろう。
顔をしかめるコラン。亜矢は思わず吹き出して笑った。

「ほら、ミルクとお砂糖を入れて。これなら飲めるでしょ?」
「うん…。でもまだ苦い…」

急に大人の姿になったかと思えば、中身はいつものコランで。
やっぱり大人にはなりきれなくて。
コロコロと表情を変えるコランは、見ててとても面白い。
いつものコランと変わらない所。
それは、何よりも『一緒に居て楽しい所』だろう。