亜矢はゆっくりと瞼を開いた。
ボーっとして天井を見つめていたが、顔を横に向けると、そこには椅子に座った魔王が優しい目でこちらを見ていた。

「やっとお目覚めか、お姫サマ」

亜矢は身を起こした。
もしかして眠っている間、魔王はずっとこうして、自分を見ていたのだろうか。
だが、亜矢はある事を思い出した。

「そういえば、今何時!?」
「もうすぐ12時だな」

亜矢は急いでベッドから下りて立ち上がった。

「もう帰らなきゃ!明日も学校だし」

すると、魔王は今思い出したかのように言う。

「ああ、そう言えば、あんたの部屋に繋げた魔界への入り口は、今夜12時になったら消滅するからな。そうなったら、明日の朝まで再び繋ぐ事は出来ねえ」

それを聞いた亜矢は固まった。
だが、魔王は楽しそうに笑っている。

「心配いらねえよ。今夜はオレ様の部屋に泊めてやるぜ、クク…」

そんな下心全開な魔王の言葉を、もはや亜矢は聞いちゃいなかった。

「それを早く言ってよ~!!えっと、コランくんは!?死神はどこ!?」

慌てて走りだし、部屋を出て行く亜矢。
ようやく、亜矢はグリアとコランと合流し、人間界への扉が繋がっているコランの部屋へと戻って来た。
亜矢が、コランの部屋のクローゼットの扉を開けた。
その中には、人間界へと繋がる闇の空間が渦巻いている。
制限時間が近いせいか、その闇は来た時よりも小さくなり、消えつつある。
亜矢は振り返った。
そこには、亜矢を見送る為か、魔王が立っていた。

「魔王は人間界へ行かないの?」
「ああ、オレ様は魔界から直接、人間界に通ってるんでな。それに、これから魔界での仕事を少し済ませておくつもりだ」

やっぱり魔王は忙しいんだ…と、人間界と魔界での仕事を両立している魔王を見直した気持ちになって見る。

「それじゃあ、魔王…先生、また明日、学校で」

亜矢は笑顔で魔王に向かって言う。

「ああ、明日は遅刻すんなよ」

ふと、亜矢は魔王の後ろにディアの姿を見つけた。

「ディアさん!」

亜矢は、後方のディアに向かって叫ぶ。

「魔王みたいな人が主人で大変だと思うけど、頑張って!!」

その言葉に、ピクっと眉をつり上げて反応した魔王だった。
ディアは、亜矢に向かって丁寧に頭を下げた。

「はい。ありがとうございます」

その口元には、微かな微笑みがあった。

「兄ちゃん、ディア、じゃあなー!!」

コランが元気一杯に手を振る。
だが、その時、グリアが叫んだ。

「出口が閉じるぜ!!」

ハッとして振り返ると、クローゼットの中の闇が収縮し、消えかかっていた。

「チッ……!!」

グリアが突然、その手に死神の鎌を出現させた。
思いっきり振り上げると、その僅かな闇を切り裂いた。
それによって作られた亀裂により、闇の空間が再び大きく広がった。
だが、それも束の間で、どんどん塞がっていく。

「早く飛び込めっ!!」

グリアのその声を合図に、亜矢は闇に向かって走り出した。
だが、いきなり体勢を変えて走り出したせいで足元のバランスを崩した。

「あっ!」

つまずいて前のめりに倒れたまま、亜矢は闇の空間へと飛び込む形になった。
そうして、亜矢達を見送った魔王とディアのみが、部屋に残された。
クローゼットの前には、亜矢がつまずいた時に脱げてしまった片方の靴が落ちていた。
魔王は、その靴を見ながら、小さく笑った。

「………らしくねえな、ディア?」
「何がですか?」

ディアは相変わらず、表情を変えない。

「まあ、しらを切るならそれもいいぜ?クク……」

魔王は、ディアとグリアのあの時の会話を聞いてはいない。
だが、全てを知っていた。
何も言わずとも、魔王はディアの全てを知っている。

「………お許し下さい、魔王サマ」

だが、魔王は深刻に思っている様子ではなく、余裕の笑いを浮かべている。

「いいぜ。いずれ亜矢はオレ様のモノになる。そのくらい許してやるぜ」

ディアは、頭を下げた。

「……はい」