その頃、グリアとコランは待合室にいた。
大きなテーブルが真ん中に1つ。
足と腕を組んで椅子に座っているグリア。
そのテーブルを挟んで、グリアの正面に座るもう一人の男。
その男は、魔王に仕える魔獣・ディアだ。
魔獣と言っても、普段は人間の姿をしていて、性格も穏やかで大人しい。
誰に対しても人当たりがいい彼だが、今は目の前にいるグリアをじっと冷たい視線で見ている。
ディアは主人である魔王に従順で、魔王の敵は自分の敵、くらいに思っているのだろう。
だが、ディアがグリアに対し、冷たく嫌うのはそれだけではない。
そんなディアに対抗するかのように、グリアも鋭く睨み返す。
一言も言葉を交わさず睨み合い続ける状態がずっと続いた。
この緊迫感を分かってないのか、コランがディアの横に歩いていき、いつもの明るい調子で話しかけた。
「なあなあ、なんで二人共ずっとしゃべらないんだ?」
ディアは視線をグリアに向けたまま、相変わらずの無表情で答えた。
「あちらが話さないので」
その言葉に、グリアがついにキレた…というか、我慢出来なくなった。
元々、グリアは無言の睨み合いよりも、言葉で言い争う方が性に合う。
「言いたい事があるんなら言いやがれ。ねえなら、この場から消えろ」
すると、ディアはようやくグリアに向かって口を開いた。
「なら、言わせて頂きます。……亜矢サマの命を救ってくれた事に関しては、感謝します」
グリアは少し瞳を開いた。が、表面上は鋭く睨み据えたままだ。
「てめえに感謝される筋合いはねえよ」
なんだ、コイツ何を言ってやがる?と、グリアは心で詮索しても、相手の表情からはまったくその心は読めない。
ディアは、一切の感情を出さないのだ。
「亜矢サマは、大切なお方だからです。ずっと妃をとらなかった魔王サマが、ようやくお決めになった一人の女性ですから。それに、今は王子サマの契約者でもある」
その一瞬、ディアの瞳が少し揺れた。
グリアはその一瞬を見逃さなかった。
「それは、魔王でなくてめえ自身の感情だろ?」
「!!」
ディアの瞳が大きく開かれる。
図星か……と、グリアはまるで優勢な立場に立った気分で言葉を続ける。
「今、ここにてめえの主人はいないぜ。言ってもいいんだぜ、『亜矢に惚れてる』ってな」
ディアは、口を閉ざした。目を伏せると、再び感情を自分の中に押し込めた。
そして、静かに席を立った。
「………おしゃべりが過ぎました」
そう言うと、ディアはグリアに背中を向け、部屋から出ていこうとした。
ディアの背中に向かって、グリアが言葉を投げる。
「亜矢に手出すんじゃねえぞ」
ディアは一瞬足を止め、振り向きもせず言葉を返す。
「ご安心を。私は手など出しません」
―――いえ、手を出さないんじゃない、手が出せないんです――――
自分自身にそういい聞かせ、ディアは部屋を出た。
魔王の敵は、自分の敵。
魔王の大切な人は、自分にとっても大切な人。
そう思っていたいのに、いつでも半分は自分の意志が存在している。
魔王に忠誠を誓う魔獣・ディアには、自分の感情を殺してでも主人に従う道しか選べない。
「ディアっ!!」
後を追ってきたコランが、パタパタと走り寄ってくる。
「どうしたんだよ?さっき…すごく悲しそうな顔してた!!」
ディアの、ほんの一瞬の表情の変化をコランは見逃さなかったのだ。
幼いながらも心配そうに見上げるコラン。
冷えた魔獣の心に、かすかな温もりが生まれる。
ディアは身を屈めると、コランに優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、王子サマ。私は平気ですよ」
だが、コランは表情を曇らせたままだ。
「ホントか?オレ、ディアが元気になるなら、何でもするぜ?」
コランは、ディアを家族のように慕っている。
ディアもまた、自らが仕える主人の一人としてコランを魔王と同じように敬い、慕っている。
「では、お願いです。先程の話は内緒にして下さい」
「え……?」
「出来れば、無かった事にして下さい」
幼いコランには、先程の会話を内緒にする意味が分からなかった。
「なんで?」
不思議そうにしてコランが聞き返すが、ディアは理由を口にせず、少し困った顔をして穏やかに笑うだけだ。
「私のお願い、聞いて頂けますか?」
「う、うん……分かった」
本当は分かっていないのだが、コランは頷いた。
「ありがとうございます」
ようやく、ディアはいつものように明るく笑った。
だが、コランの心には疑問が残ったままだ。
(オレが大人になったら分かるのかな……)
どこか、取り残されたような気がして寂しくなったコランは、ディアの片手をギュっと握った。
「王子サマ、少し手が大きくなられましたね?」
「そうか?……へへっ」
そうして、二人は手を繋いだまま、城の廊下を歩いて行った。
大きなテーブルが真ん中に1つ。
足と腕を組んで椅子に座っているグリア。
そのテーブルを挟んで、グリアの正面に座るもう一人の男。
その男は、魔王に仕える魔獣・ディアだ。
魔獣と言っても、普段は人間の姿をしていて、性格も穏やかで大人しい。
誰に対しても人当たりがいい彼だが、今は目の前にいるグリアをじっと冷たい視線で見ている。
ディアは主人である魔王に従順で、魔王の敵は自分の敵、くらいに思っているのだろう。
だが、ディアがグリアに対し、冷たく嫌うのはそれだけではない。
そんなディアに対抗するかのように、グリアも鋭く睨み返す。
一言も言葉を交わさず睨み合い続ける状態がずっと続いた。
この緊迫感を分かってないのか、コランがディアの横に歩いていき、いつもの明るい調子で話しかけた。
「なあなあ、なんで二人共ずっとしゃべらないんだ?」
ディアは視線をグリアに向けたまま、相変わらずの無表情で答えた。
「あちらが話さないので」
その言葉に、グリアがついにキレた…というか、我慢出来なくなった。
元々、グリアは無言の睨み合いよりも、言葉で言い争う方が性に合う。
「言いたい事があるんなら言いやがれ。ねえなら、この場から消えろ」
すると、ディアはようやくグリアに向かって口を開いた。
「なら、言わせて頂きます。……亜矢サマの命を救ってくれた事に関しては、感謝します」
グリアは少し瞳を開いた。が、表面上は鋭く睨み据えたままだ。
「てめえに感謝される筋合いはねえよ」
なんだ、コイツ何を言ってやがる?と、グリアは心で詮索しても、相手の表情からはまったくその心は読めない。
ディアは、一切の感情を出さないのだ。
「亜矢サマは、大切なお方だからです。ずっと妃をとらなかった魔王サマが、ようやくお決めになった一人の女性ですから。それに、今は王子サマの契約者でもある」
その一瞬、ディアの瞳が少し揺れた。
グリアはその一瞬を見逃さなかった。
「それは、魔王でなくてめえ自身の感情だろ?」
「!!」
ディアの瞳が大きく開かれる。
図星か……と、グリアはまるで優勢な立場に立った気分で言葉を続ける。
「今、ここにてめえの主人はいないぜ。言ってもいいんだぜ、『亜矢に惚れてる』ってな」
ディアは、口を閉ざした。目を伏せると、再び感情を自分の中に押し込めた。
そして、静かに席を立った。
「………おしゃべりが過ぎました」
そう言うと、ディアはグリアに背中を向け、部屋から出ていこうとした。
ディアの背中に向かって、グリアが言葉を投げる。
「亜矢に手出すんじゃねえぞ」
ディアは一瞬足を止め、振り向きもせず言葉を返す。
「ご安心を。私は手など出しません」
―――いえ、手を出さないんじゃない、手が出せないんです――――
自分自身にそういい聞かせ、ディアは部屋を出た。
魔王の敵は、自分の敵。
魔王の大切な人は、自分にとっても大切な人。
そう思っていたいのに、いつでも半分は自分の意志が存在している。
魔王に忠誠を誓う魔獣・ディアには、自分の感情を殺してでも主人に従う道しか選べない。
「ディアっ!!」
後を追ってきたコランが、パタパタと走り寄ってくる。
「どうしたんだよ?さっき…すごく悲しそうな顔してた!!」
ディアの、ほんの一瞬の表情の変化をコランは見逃さなかったのだ。
幼いながらも心配そうに見上げるコラン。
冷えた魔獣の心に、かすかな温もりが生まれる。
ディアは身を屈めると、コランに優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、王子サマ。私は平気ですよ」
だが、コランは表情を曇らせたままだ。
「ホントか?オレ、ディアが元気になるなら、何でもするぜ?」
コランは、ディアを家族のように慕っている。
ディアもまた、自らが仕える主人の一人としてコランを魔王と同じように敬い、慕っている。
「では、お願いです。先程の話は内緒にして下さい」
「え……?」
「出来れば、無かった事にして下さい」
幼いコランには、先程の会話を内緒にする意味が分からなかった。
「なんで?」
不思議そうにしてコランが聞き返すが、ディアは理由を口にせず、少し困った顔をして穏やかに笑うだけだ。
「私のお願い、聞いて頂けますか?」
「う、うん……分かった」
本当は分かっていないのだが、コランは頷いた。
「ありがとうございます」
ようやく、ディアはいつものように明るく笑った。
だが、コランの心には疑問が残ったままだ。
(オレが大人になったら分かるのかな……)
どこか、取り残されたような気がして寂しくなったコランは、ディアの片手をギュっと握った。
「王子サマ、少し手が大きくなられましたね?」
「そうか?……へへっ」
そうして、二人は手を繋いだまま、城の廊下を歩いて行った。