パーティー後、亜矢はコランの部屋に戻り、元の服に着替えた。
あの黒いドレスは確かに素敵なのだが、ドレス自体が着慣れていないので、やっぱり亜矢にとっては動き辛いのだ。
しばらくすると、再び使用人の女性が部屋にやってきて、亜矢を別の部屋へと案内した。
何とも派手な装飾のドアの前に辿り着くと、亜矢は臆せず、そのドアを開けた。
だいたいの予想は出来ている。

「よお、亜矢。来たな」

ドアを開けた瞬間、目に映ったのは、豪華な椅子に座って、くつろいでいた魔王。
椅子だけではない。ベッドも、部屋の内装全てが光輝く金属や宝石で装飾されていた。
ここは、魔王の自室なのだ。
魔王は亜矢が部屋に入ると、腰を上げて近付き、向かい合う。
と、言っても魔王の身長は高いので、亜矢を見下ろす形だ。

「で、返事はどうした?」
「は?」

唐突な魔王の問いに、亜矢は訳も分からず気の抜けた声で返した。

「忘れたのかよ?あんたを妃にする話だ」
「え?え~~~~……ああ!!」

亜矢はようやく思い出してわざとらしく声を出したが、魔王は真剣だ。
魔王は以前、亜矢に向かって「妃になれ」と迫ってきた事がある。
あの時はあまりの動揺と混乱で、まともな返事は出来なかったが。
今、こうして自分を魔界へ呼び、こうやって問いただすという事は…本気なのだ。
その気持ちに対しては、悪い気はしない。それは『好意』であるから。
だが、亜矢はいつもの強気な視線で魔王を見上げた。

「その件だけど、お断りします」

何ともキッパリとした返事だった。
少しも相手を臆する事なく、だからと言って冷たく突き放すようでもなく。
魔王は逆に、そんな亜矢の強さに惹かれた。
今まで、女性というものは自分から行かなくても、向こうの方から寄ってきた。
それなのに、この亜矢という少女は自らが動いても、近付いても、頑に自分の意志を通し、受け入れる事すらしない。
だからこそ、魔王は手に入れたくなる。さらに燃え上がらせる。
全く、魔王とあろう者が、なんとも手強い相手に惚れてしまったものである。

「でも、誕生日ならそう言ってくれれば良かったのに」

亜矢はそう言いながら、すぐにコロっと表情を変えた。
この、目まぐるしく表情を変える亜矢すらも、魔王の目には愛しく映る。

「あたし、何も持ってきてないわ。プレゼントになるようなもの……」

そう言って、少し困った顔をしている亜矢に向かって、魔王は両腕を伸ばした。

「………え?」

魔王は、その腕の中に包むようにして、優しく亜矢を抱きしめた。

「魔王…………?」

亜矢は、突然に全身を包んだ腕と温もりに驚きながらも、静かな口調だ。

「………いらねえよ」

魔王の口調が今までになく優しいものだったから、亜矢はさらに心臓の高鳴りを速めていく。

「何もいらねえから、少しだけこのままでいろ」

正面から抱かれて、顔はちょうど魔王の肩あたりにあるので、彼の表情は見えない。
だが、その温もりは心地のよいものに感じた。
魔王って、普段は不良っぽいし冷酷な悪魔というイメージがあったが、こうやって抱かれていると……彼の温かさが伝わってくる。

「……………ん」

亜矢は小さく返事を返すと、全身の力を抜いて、その身を魔王に預けた。