リョウは、マンションの近くの繁華街にある、お気に入りのカフェに来ていた。
小さなテーブルの向かい側に座るのは、天真こと天界の王。
二人の目の前には、いつものシュークリーム。

「天王様、話って何ですか?」

リョウが、黙々とシュークリームを食べ続ける天王に向かって問いかけた。
今日はリョウが天王に、この店に呼び出された形だ。
天王はシュークリームを食べ終わると、視線をリョウに向けた。

「あぁ。これからの話だ」
「え?これから……?」

『これから』とは、いつからの何を指すのだろう?
神である天王の、心も言葉も簡単には読めない。

「私はいずれ、天王の座を譲ろうと考えている」
「え……誰に……ですか?」

「リョウ、お前にだ」

一瞬の沈黙。
ほぼ満席であるカフェ内では、二人の会話は他の客達の耳には入らない。
リョウは停止した思考を何とか回転させて、その言葉の意味を探る。

「は、はは……天王様、冗談がお上手だなぁ~…」
「冗談ではない。私だって永遠の存在ではない」
「そ、そんな…で、でも、なんでボク……なんですか?」

どうやら本気らしい天王の考えに、リョウは必死になって聞き返す。
しかし天王は、相変わらずの涼しい顔で続ける。

「神でも王でも万能ではない。私には足りないものがある」
「それは……?」
「それはきっと、人としての『心』だろう」

天王が、リョウを通して見つめてきたもの。
死神のグリアと、人間の亜矢と築いた絆。
そして幼き頃に経験した魔界でのホームステイでは、あの魔王やアヤメ、ディアとも家族のような絆を築いた。
天使のリョウは、誰とでも絆を結べる、汚れなき心を持っている。
それは唯一無二の、リョウの天性なのだろう。

……だからこそ、その天性を手に入れたくて、以前の天王はリョウを縛ってしまったのだろう。
それは結局、『無い物ねだり』なのだ。

目を丸くして必死に言葉を探すリョウを見て、天王は微笑した。

「……まぁ、それは、何千年後か分からぬがな」

少し息を吐いて落ち着いたリョウだが、まだ信じられない。
どこか天王は、ずっと王として永遠に君臨しているようなイメージがあった。
それこそ、神のような……。
だが、命ある者の中に『神』など存在しないのかもしれない。