その日は、突然訪れた。
ある休日、亜矢の部屋に来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。
亜矢が玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは……

「お久しぶりです、亜矢さん」
「え!?あ、アヤメさん!?」

小さな赤ん坊を抱いたアヤメが、笑顔で訪問してきたのだ。
アヤメが帰ってきたという事は、出産を終えて……?

「その赤ちゃんって、もしかして!?」
「はい。無事に産まれました」
「産まれたって……ええ!?ウソでしょ!?」

亜矢が必要以上に驚くのも無理はない。
アヤメが魔界に帰ってから、まだ2週間しか経っていないのだ。
2週間前は、まだお腹も膨らんでいなかったのに……
いくらなんでも、ハイスピード出産すぎる。
もしかして魔界は、人間界と時間の流れが違うのだろうか?
……いや、確か同じだったはず。

「大丈夫です、検査してもらったら健康だし元気な子です」
「な、なら、いいけど……」

悪魔が相手での『擬似体』の懐妊なんて前例がないので、何が起こっても不思議ではない。
妊娠期間は短かったが、魔王と同等の魔力や能力を受け継いでいるという。
魔王やコランと同じく、背中には悪魔の証であるコウモリのような小さな黒い羽根もある。
悪魔は人間界では生命力を消費するが、この子は大丈夫なようだ。

改めて亜矢は、アヤメに抱かれた赤ん坊をよく見てみる。
白い肌に、栗色の髪。大人しくスヤスヤと眠っている。

「アヤメさんにそっくりね」
「はい、女の子です。名前は『アイリ』です」
「可愛い名前!アヤメさんが名付けたの?」
「ふふ、名付けたのはオランです」

菖蒲(あやめ)を意味する『アイリス』から取ったのだ。
実は、魔王はネーミングセンスが抜群なのだ。
元は野生の魔獣であった、側近の『ディア』の名付け親もオランである。
『悪魔』と『狩猟犬』を意味する言葉から取った名前らしい。
ちなみに、コランの名付け親はアヤメである。
意味としては、『オランの子供だから』というアヤメらしい発想だ。