その日の夜。
亜矢が夕飯の支度を終えてテーブルの上に料理を並べているが、どうも落ち着かない。
チラチラと掛け時計を見たり、玄関の方を見たりして、ソワソワしているのだ。
テーブルに着席しているコランが不思議そうにして声をかけた。

「アヤ、どうしたんだ?」

コランに呼ばれて、亜矢はコランの方を振り返る。

「あ、うん……死神が来ないなと思って……」
「そうだよな~死神の兄ちゃん、遅いよな」

グリアは毎日のように亜矢の家に夕飯をたかりにくる。
それなのに、今日は何故か来る気配がない。
亜矢としては、決してグリアが来るのを期待して待っている訳ではない。
だが、来ないなら来ないで、何か不安に似たような胸騒ぎを感じるのだ。

「あ~~!!もう……なんで来ないのよ!!」

そもそもグリアは、毎日『口移し』で亜矢の『命の力』を吸収しないと生きていけない。
思えば今日は、まだ『口移し』をしていない。
それなのに夕飯も食べに来ず、口移しもせず……グリアの身は大丈夫なのだろうか。
早く、口移ししなければ…口移し…キス…キスしたい……

(え!?やだ、あたしったら何考えて……どうしよう……)

こんな時に限って、例の『キスつわり』の症状が現れたのだ。
いつもは強引に唇を奪うくせに、肝心な時にいない死神なんて……

「もぉ~~!!死神のバカぁ~~!!」
「アヤ、大丈夫だ!チューならオレがしてやる!!ほら、んー!んー!!」
「こ、コランくん……」

口を『タコさん』にしてチューを迫る、無邪気な小悪魔。
いや、今では頼もしく見える。
ありがたいやら、可愛らしいやら、情けないやら、もう大混乱である。

結局グリアは、その日は亜矢の家に訪れなかった。




さらに次の日も……グリアは学校に来なかったのだ。