まさに神出鬼没。クローゼットの中から現れたのは、天界の王。
今日も紳士なスーツ姿で、アクアブルーの長い髪も表情も涼しげだ。
リョウは見慣れているので動じないが、亜矢は……

「天真さん!?なんで、クローゼットの中から!?」

相変わらずの無表情で、天王は答える。

「あぁ、私の話をしているのが聞こえたからね」

天界の王なのに、地獄耳らしい。
まぁ、あの魔王も、亜矢の部屋のクローゼットに魔界を繋げるくらいだ。
人外は、人間界のクローゼットを異世界への扉として利用するのが当然のようだ。
それにしても天王はこのマンションの大家とはいえ、いつも聞き耳を立てているのだろうか?
ラブラブな魔王とアヤメの住む部屋の声も筒抜けなのだろうか?
……色々と想像してしまう。

そして、リビングのテーブルには亜矢とリョウが並んで座り、向かい側には天王が座る。
女子会の雰囲気が、一気に三者面談のような重い空気になってしまった……。
天王が、大好物のシュークリームを一口、食べてから話を始める。

「それで?私に何か聞きたいのだろう?」

亜矢が、思い切って全てを天王に話した。
まずは、アヤメが懐妊したこと。
それを聞いた天王は、珍しく目を見開いてシュークリームを食べる手を止めた。

「アヤメ妃が……懐妊?それは本当か?」

その天王の反応を見て、亜矢は隣のリョウに小声で耳打ちした。

「ちょっと……天真さんが驚いてるけど!?」
「うん……天王様が驚くなんて珍しいよね……」

すると天王が、その疑問に答えるように語り出した。

「アヤメ妃は、限りなく人間に近い生体として再生させたが、懐妊までするとは……」
「天真さんでも予想外だったって事ですか!?」
「あぁ……すごいな、魔王……」

なんと、天王が魔王に感心している。これも珍しい。
前例のない、未知の生命体である『擬似体』のアヤメですら懐妊させたのだ。
おそらく魔王は特別な事はしていない。アヤメとラブラブなだけだ。
これはもう理屈ではない。魔王の、愛という名の執念の賜物だ。
生命の神秘は、神ですらも未知の領域。

「あの…それで、アヤメさんの『つわり』の症状が、あたしにも出てるみたいで…」

恥ずかしいなんて言っていられない。亜矢は全ての疑問を天王に打ち明けた。
無性にキスがしたくなる、『キスつわり』の事だ。

「それは、おそらく儀式の『代償』だろう」
「え……代償、ですか?」
「禁忌の儀式を使ってアヤメ妃を再生させたからだ。儀式には代償を伴う」

……え?ちょっと待って……?
儀式を行ったのは天王なのに、なぜ代償を受けるのが亜矢なのだろうか?