アヤメが去った後、グリアは廊下で呆然と立ち尽くしている。
しばらくすると、今度は亜矢がグリアに歩み寄ってきた。

「死神、こんな所にいた!……はい、おにぎり」

亜矢は、購買部で買ってきた『おにぎり』をグリアに差し出す。
グリアは『おにぎり』を見つめるが、どこか上の空で受け取ろうとしない。

「いらねえ、弁当だけでいい」
「……え?お弁当?」

亜矢がグリアの手元を見ると、ランチバッグを持っている。
あぁそうか、と亜矢は一瞬で推測した。
グリアは、女子生徒から弁当をもらったのだろう。
ランチバッグの中には、誰かの手作り弁当が……。
イケメンのグリアがモテる事は充分に知っている。
だが、普段は女子生徒に興味を示さないグリアが、弁当を受け取るなんて……。
『おにぎり』なんかを差し出していた自分が惨めで、亜矢はフイっと顏を背けた。

「あっそ。勝手に食べれば!」

冷たい一言を放って立ち去ろうとした亜矢の腕を、グリアが掴んだ。
何かと思って振り返ると、その真剣な眼差しに心を射抜かれそうになる。

「な、なによ!?」
「それはこっちが言いてえんだよ。なんだよ『赤ちゃん』って」

亜矢は、朝にもアヤメから聞いた、その衝撃的な言葉を思い出した。

(なんだ、死神もアヤメさんから聞いていたんだ)

亜矢は、グリアも『アヤメが懐妊した』事について聞いていたのだと思った。
だが、亜矢も詳細は知らないし、今ここで話す事でもない。

「待って。その話、今はやめて」
「……本当なのか?」
「うん。あたしも驚いてるの」

やっぱり、さっきの話は本当だったと、グリアは確信した。
本当に、亜矢に『赤ちゃん』ができたのだと……。
だとしたら、誰との?どういう経緯で?
今はそれ以上問い詰める事もできず、グリアはこの事態を飲み込めずにいた。


その後、亜矢とグリアは会話を交わさないまま放課後になり、それぞれ下校した。
二人は同じマンションに住んでいる、お隣さんどうし。
二人はそれぞれ、マンションに着くと自宅の部屋には行かず……

亜矢は、そのままアヤメの部屋に直行した。
グリアも、そのままリョウの部屋へと直行した。

亜矢は、アヤメに詳細を聞こうと思った。
グリアは、リョウに相談をしようと思った。



勘違いと、すれ違い。
新たな命の誕生は、新たな輪廻と波乱をも生み出す。