元々課題をするという話で、そのために約束を取り付けたも同然だったが、どうにもやる気になれずにいたのか、直輝の歯切れがどことなく悪かった。かといって、歩夢にめらめらとしたやる気があるというわけではない。課題は任意であり、しなくてもいいというのなら万々歳だが、残念ながら必須事項だった。やらなければならないことだった。何もせずに夏休みを終えることなどできない。そんなことをしてしまえば、後で苦労するのは自分である。

 直輝が腰を持ち上げた。音もなく歩き、勉強机の上に置いていたプリントやノート、筆記用具を掴んで戻ってくる。その間に、直輝は金魚を一瞥していた。直輝を目で追っていた歩夢は、金魚を見た彼の口元が微かに緩むのを目撃する。直輝にとって、大事に育てている金魚は、癒しに直結する生き物なのかもしれない。

 羨ましい。金魚が。凄く。羨ましい。自分は直輝から、そんな風に微笑まれたことなどない。愛情を注がれたことなどない。一年前の夏祭りで掬われたその日から、金魚は直輝に愛され、直輝のプライベートすらも知っている。自分は何も知らない。

 話の通じるはずもない金魚に嫉妬する醜い自分に、歩夢は溜息が漏れそうになった。直輝は生き物を大切にしている心の優しい人だ。ただそれだけのことだ。自分のものではないのだから、直輝を金魚に取られたと思うこと自体が間違っている。歩夢は首を振って邪念を追い払った。

「歩夢くんは、国語全般、得意だったよね」

「……え? あ……、えっと、そう、そうだね。国語は……、他の教科に比べたら、で、できる方だとは思う」