歩夢に背を向けリビングへと向かう直輝の背中を暫し眺めてから、大人しく階段に足をかける。直輝の家に上がるのは今日が初めてというわけではなかったが、いつ来ても他所の家は緊張してしまうのだった。相手が、友達とは少し違う意味で気になっている直輝だからこそ、余計肩に力が入ってしまうのかもしれない。

 今日は一緒に課題をやるだけだ。意識するようなことも、緊張するようなことも、何もない。何も起こらない。期待するだけ無駄だ。いつだって態度の変わらない直輝を見れば、それは明らかである。

 言わなければ何も変わらない、変えられないと理解していながらも、伝えたい言葉が、それを口にするための一歩が、歩夢には鉛のように重かった。歩夢は自分の気持ちに気づいた時からその場に立ち止まったままで、未だ前に踏み出せずにいる。

 二階に上がり、直輝の部屋に入ろうと試みるものの、やはり遠慮が先走ってしまった歩夢は、直輝が上がってくるのを扉の付近で待つことにした。

 しばらくして、階下から足音が聞こえてくる。直輝が階段を上がっているようだ。待っているだけなのにどうにも落ち着かず、そわそわしてしまう歩夢は、手を閉じたり開いたりすることで緊張を和らげようと、効果があるとは思えないその動作を意味もなく繰り返していた。

「……あれ、入っててよかったのに」

 俯いていた歩夢の耳に直輝の声が届いた。目を向ける。片手にペットボトルのお茶、片手にコップ二つとコースターを器用に持った直輝と視線が合わさった。目を見て話すことに苦手意識のある歩夢はすぐに顔を逸らしてしまう。その状態で、余所見をしながら徐に唇を開いた。