ノートに文字を書く直輝を眺めていると、不意に顔を上げられ、ばっちり目が合ってしまった。歩夢に見られていたと気づいても、直輝の顔色は変わらない。歩夢から目を逸らすこともない。

 ただ課題をしているだけなのに、ただ確認されているだけなのに、視線が絡み合うだけで赤面してしまいそうになるのはなぜなのか。深く考えるまでもない。それは、歩夢が直輝のことを好いているからだ。説明する時も、少し早口になり、喉が渇いてしまうくらいには緊張していたのだった。

「『多く僧繇に命じて之に(えが)かしむ。』これで大丈夫?」

 直輝が前傾姿勢になって歩夢にノートを見せ、書き下し文を指で追って示した。同じノートを見るため必然的に距離が近くなり、それに今更ながら気づいてしまった歩夢は、時間差で身体が熱くなる。

 歩夢は直輝から僅かに距離を取って自分のノートと見比べ、同じ文であることを確認し、合ってるよ、と頷いた。直輝の目は依然として見続けられなかった。

 その後は、歩夢も直輝も黙々と手を動かし続けた。時々直輝の質問に自分の分かる範囲で答えながら、歩夢は少しずつ現代語訳を進める。ここは多少なりとも頭を悩ませる箇所であった。

「歩夢くん、集中してるところごめん。最後の一文でちょっと聞いてもいい?」

「……うん?」

「これは二回読むってことで合ってる?」

 直輝がノートを歩夢に差し出すように見せ、これ、とシャーペンで文字を突く。手を止めた歩夢は、意識していることを悟られないように身を乗り出し、示された箇所を覗き込んだ。未、という漢字の付近に、シャーペンで突いた跡がついている。その文字の右下と左下に送り仮名が振ってあった。再読文字だ。読んで字の如く、二度読む必要のある字のことである。