「ララコスティさま、何やら高貴な御方がお訪ねになられてますが、如何いたしましょう?」

ある晩のことでした。

「はて、奴隷部屋に訪れるなんてどなたでしょう?」
「見知らぬ女性です」
「……わかりました。お会いいたしましょう」

煌びやかな衣装の女性が杖をつきながら、付き人と共に部屋へ入ってきました。年配ではありますが、気品を感じます。しかし、その女性に見覚えはありません。

きっとどこかの貴族に違いありません。

「ララコ……いえ、ララコスティ。やっと会えました」
「わたくしに?」
「ええ……私はモエミアン。タカフミィーニの母でございます」
「えっ⁈ タ、タカフミィーニさまの⁈」
「はい。そして……前世では貴女と一緒に過ごさせて頂きました」

な、何を仰っているのかしら、この御婦人?

「あの、わたくしは……」
「貴女は記憶を失っていますね。私のことはわからなくて当然ですよ」
「申し訳ございません。覚えていなくて……」

御婦人はわたくしの手を握り、急に肩を震わせながら涙を浮かべました。

「ああっ、良かった……また会えて」

わたくしはどうして良いのかわかりません。

タカフミィーニさまの御母上さまが一体何の御用でしょう。それに前世って何?

「わからなくても聞いて頂戴。貴女に私の跡を継いで貰いたいの。ララコスティにはその力があります」
「お跡を継ぐ……とは?」
「聖女としてこの国の繁栄を願ってほしいの」

聖女って──⁈ わたくし、ただの奴隷ですけど?

「聖女は前世の記憶が残っている人。貴女の記憶が戻れば聖女になれます。ただ、聖女は国に一人と決まっています。私の命は残り僅かだから次は貴女に託したい。いいですか? 聖女同士が話す機会は引き継ぎの一度だけ許されている。ずっと貴女に会いたいと我慢してきた私の願いをどうか聞いて、ララコ」
「は、はぁ……」

そう言われても困りますわ。それにわたくしはララコではありません。ララコスティですよ。

「貴女とは前世でタカフミィーニと共に過ごした間柄。とっても楽しかったわ。でも最後はあんな別れ方をして悲しかった……。生まれ変わりを神様にお願いして叶ったけど、まさか彼の母親になるなんてびっくりしましたわ」

もはや返答のしようがありません。

「タカフミィーニのこと、貴女にお任せします。貴女たちは結ばれる運命だから」
「ありがたいお言葉ですが、わたくしはただの召使いです。身分が違うかと……」
「近いうちにわかる日が来るわ。最後に貴女の記憶が戻るよう祈ります」
「は、はい。ありがとうございます」

聖女とは、超越した魔力で国に繁栄をもたらす者──。聖女がいない国は滅びるとされています。

わたくしにそのような力があるなんて、信じられませんわ。

でもモエミアンさまの『祈り』は、疑心暗鬼のわたくしの心を少しずつ溶かしていきました……。