それからというもの、わたくしは召使いとして一心不乱に働きました。しかし、次第にモモシャリーさまたちの風当たりが強くなってきました。

──パシーンッ!

「誰がゼラニウムなど飾れと言ったか⁈」

サラーニャさまが鬼の形相で私をぶちました。

「も、申し訳ございません。美しいゼラニウムで気持ちが和らぐかと思いまして」
「お前はタカフミィーニに逢えない恨みを我らに見せつけているのだろうが!」
「そんなつもりは……」

激昂したサラーニャさまが花瓶からゼラニウムを抜き取り、床へ投げ捨てました。さらにそれをグリグリと踏みつけます。

「ああっ……」
「ふん! 後片付けしとけ!」

わたくしは悲しみに堪えながら、無残な姿になったお花を拾いました。そこへ上機嫌のモモシャリーさまが殿方を連れて現れました。

「お、お前はララコスティか⁈」

はて、どこかでお会いしたかしら?

「シンクリアさま、ご安心ください。そこの元悪役令嬢の召使いは記憶を失っていますの」
「なに⁈ そ、それはまことか⁈」
「そうです。ね、ララコスティ」
「はい」
「うーむ、俄には信じがたいが、あのララコスティが正気でそのような奴隷服を着るとは思えない」
「そうでしょう。だから記憶喪失なんですの。あ、そうだララコスティ。まだ内密のお話だけど私たち婚約したの!」
「ご婚約⁈ それはおめでとうございます!」
「うふふ、この御方が誰だかわかってないようね」

えーと、どなたでしょう?

「申し訳ございません。思い出せません」
「ふっ、どうやら演技ではないようだな。私はこの国の第1王子であるシンクリアだ。ちなみに第2王子は愛人の子らしいが、会ったこともなく行方も知らん。その他に王子は存在しない。よって私が次の国王となる」

この国の王子さま⁈ そして次期国王さまって!

「し、知らずとは言え、大変失礼いたしました!」

わたくしは思わずひれ伏せました。

「記憶がないなら仕方ない」
「いいこと、ララコスティ。つまり次の王妃は私ということなの。よぉく覚えておきなさい!」
「かしこまりました!」

この御方たちは雲の上の存在なんだわ。

──わたくしは心からそう思いました。