わたくしはざわめく人混みをかき分け、颯爽と会場を後にする。

「おい」

階段に向かう途中でモモシャリー付きの女官に呼び止められた。女性ながら力自慢のサラーニャだ。

「そこの召使い、どこへ行く?」

はぁー? 何を言っているのかしら?

「お前はゼアス家の召使いだろ。奴隷部屋ならこっちだ。とっとと行って支度しろ!」
「女官さん? わたくしは召使いなどではございませんわ」
「ふん、いつまでも令嬢気分でいるのは困るな。いいからこっちへ来い!」
「あっ、何をなさるの、この無礼者!」

サラーニャがわたくしの腕を掴んで強引に引っ張ろうとする。思わず逃げようと力いっぱい振り切ったが、その瞬間バランスを崩し、倒れそうになった。目の前は長い階段だ。

「あっ!」

──ドンッ!

「……え⁈」

わたくしはサラーニャに背中を押された。

か、階段から落ちるわ! 死ぬ……これは殺人? 殺人なの⁈

顔から血の気が引いた。わたくしは転落する驚きと恐怖に包まれながらも、階下に騎士の制服姿が目に映った。

あぁ……あれはタカフミィーニさま! た、助けて! 助けて────────!

***

それからのことは覚えていない。気がつけば、ただ薄汚い小部屋のベッドに横たわっていた。奴隷の少年アプレンが献身的にわたくしを看病している。

「大丈夫ですか⁈ ララコスティさま⁈」
「うーん……」
「ああっ、お気づきになられましたか!」
「わ、わたくしは……」
「頭を軽くぶつけて気を失ったようですが、転落途中で騎士団の方が助けたおかげで外傷もほとんどございません。奇跡です!」

そこへ女官らしき人物が荒々しく扉を開けた。

「ふん! 死んでいないのか。おいアプレン、その女は今日からお前の仲間だ。面倒見てやれ!」
「え⁈ 仲間って⁈ あ、あのサラーニャさま⁈」

女官は乱暴に扉を閉めて部屋から出て行こうとする。その時、わたくしを見ながらほくそ笑む姿がとても不気味で恐怖を感じた。

「ね、ねぇ……ここはどこかしら?」 
「奴隷の詰所でございますよ、ララコスティさま」
「ララコスティですって? それがわたくしの名前なの?」
「そうですよ……え? 忘れたのですか⁈」
「何も思い出せないの」
「なんだって⁈」

そう、わたくしは記憶喪失になってしまった──。