美里は即座に首を振った。
「怒ってなんかいないわ。賢ちゃんをあそこまで追いつめたのはわたしだもの。
それに…わたしだって頭の中ではわかってる。
いつもわたしを見守ってくれてたのは賢ちゃんだって。
何かあった時、駆けつけてくれたのは賢ちゃんだって。
賢ちゃんといた方がきっとわたし、幸せになれるんだろうなって…
でも…」
「でも?」
亜弓は長いまつげを大きく見開き、美里に詰め寄った。
「でも、無意識の時に思うのはあの人のことなの。あの人の…遠い目なの」
「遠い目?」
「そう。彼、家庭の事情で幼い頃から随分つらい思いをしてきたの。
だけど、同じような境遇で育った女の人と出会って、仮面を被る術を教えてもらったって。
熱くなるな、ムキになるな、生きる世界の違う人とマジで関わるなって。
彼がときどき見せる遠い目は、仮面の裏側から放たれたものだったの」
亜弓は美里の強い視線を感じ、思わず目を反らせた。