美里は勢い余って店に飛び込んだ。
カウンターテーブルを拭いていた白髪の紳士が、おやっと入口へ視線を走らせ、ウエイトレスの女の子に目配せした。
「いらっしゃいませ」
グラスとおしぼりをトレーに載せた女の子が、スタンダードジャズのBGMとともにやってくる。
「七時までですが、よろしいですか」
業務用の笑顔で女の子は言った。
「あの…待ち合わせなんですが…さっきまで誰か…」
「はぁ。さっき、テニス部の団体さんが帰った後は誰も…」
そう言って、首を傾げながら後ろを振り返る。
オーナーらしきその紳士は待ち合わせと聞いて、美里の顔をはっと思い出したようだった。
「お待ち合わせならどうぞ。まだしばらく開けてますから」
その気遣いが、返って美里をみじめにした。
「いえ…すみません」
美里は強張った笑顔を残し、逃げるように店を後にした。