少し遠いので、途中カフェで休憩することになった。
わたしは、みかんジュース。
雅人くんは、ブレンドコーヒーを頼んだ。
あんまり、待っていないのに飲み物はすぐ来た。
みかんジュースをストローで啜っていると雅人くんのコーヒーを見つめてしまう。
「何?」
「いや、よくそんな苦いの飲めるな〜って」
「そう?苦いけど美味いよ」
美味しい?苦いのに?
わたしの頭の上に疑問符が飛び交った。
「飲む?」
そう誘って来たけど、わたしは首を振る。
カフェインだからということ関節キスでちょっと抵抗感っていうのが…。
「い、要らないよ。飲んで」
そう促すと、わかったかのように手を引っ込めゴクゴクと飲み始めた。
雅人くんが飲んでいる姿を見ているの、何か幸せだなぁ。
何でだろう。
すごく、今が幸せ。
「雅人くん、ありがと」
「えっ!?」
わたしの急なお礼に雅人くんが驚きで手を止めた。
「だ、だからわたしと擬似恋人になってくれて!」
顔が火照った感じがしたため手で顔を仰ぐ。
「あ、そっちかよ…」
驚いた顔をされるとちょっと恥ずかしくなるじゃんと思った。
雅人くんのコーヒーが飲み終わると伝票を持ちレジに向かった。
雅人くんが大して飲んでないからというので奢られてしまう。
カレカノみたいだなぁ。
少しだけ、わたしは嬉しくなった。
はたからみればカレカノに見えてるんだろうなぁ。
そういえば、雅人くん水族館の入場料もお土産もカフェも奢っているなぁ。手持ちに余裕があるんだろうな。




カフェを出て、駅に向かうと在来線で10分ほどに雅人くんの家はある。
初上陸のその駅は、静かこそあったが何となく不思議な雰囲気。
雅人くんの家は、駅から離れた閑静なところにあった。
ただ、家の大きさがわたしの家よりはるかに大きい。
「ここ?」
拍子抜けしていると慣れた手つきで、ドアを押していた。
ガチャリとドアを開けると気が強そうなメイクバッチリの70代くらいの婦人が出てきた。
「雅人。おかえりなさい。あら、そちらの方は…?」
わたしに目を向けると、わたしは挨拶する。
「あ、櫻井唯菜と申します。えっと、守山雅人くんの恋人です!」
緊張で体がガチガチになった。
「そう、唯菜さん。いい名前ね。失礼だけど、雅人のどんなところに惹かれたのかしら?」
急に聞かれた質問に戸惑いつつも受け答えはした。
「雅人くんは、良いところがいっぱいあるのですが中でも優しくしてくれるところです!」
「そうなのよ。雅人は、優しいのよ。でも、頭脳はね…」
頭脳?
どういう事…?
こっそりと雅人くんが耳打ちしてくれた。
「うちは、頭が良くないと家族の一員として認められないんだ」
そんな…。
頭が良くないと家族の一員として認められない…?
差別じゃない!
「おばあちゃん。ちょっと、ごめん。席外すね」
その言葉を聞いた瞬間彼のおばあちゃんだという人の目付きが厳しくなった。
「あなたは、勉強の時間よ?守山家にふさわしい人間に仕立て上げなくては!あなたは、兄と違って出来が悪いんですから。あなたのご両親も承諾の上ですよ!」
「ちょっとだけ。10分ほどください」
わたしがそう言うと、「部外者はお黙り!」と言ったあと少しだけと許しを貰えた。






近くにある公園にわたしたちはやってきた。
「俺さ…。頭悪いから。家族の一員として認められないんだ。もう、俺居なくなった方が良いんじゃないかって…。死んだことにしたほうが良いんじゃないかって…」
「今、なんて言った…?」
死んだほうが良いって言った…?
何でそんな無責任な事が言えるの…?
「死んだほうが良いなんて、軽々しく使わないでよ!?実際に、死を目の前にしている人は生きたいはずよ!それを、死しか待っていない雅人くんにそんな事言える!?死ぬなんて!
 軽々しく使わないでよ…」
わたしの突然の怒鳴り声に雅人くんは驚いていた。
わたしは、死にたくない!生きたいのに!何にも死が何も分からない人が死なんて言葉使って欲しくなかった…。
「ごめん…、俺そんなつもりじゃ…」
「ごめんね、雅人くん。わたしが言い出しっぺだけどもう辞めよう…。擬似恋人関係を終わりにしよう…」
わたしの声なのに、わたしの声じゃない何かのように聞こえた。
わたしは、雅人くんの返事を聞かず公園を出ていった。
雅人くんも無理にわたしを引き止めたりしなかった。



もう、雅人くんのことなんてシラナイー。
気がつくと、駅の近くにある噴水公園まで歩いていた。
このまま帰ろうと思い、電車アプリで経由を調べていた。
直通の快速電車が最寄り駅を通ることを知り、早速ホームに向かっていたときのことだった。
ープルルルルー
わたしのスマホに一通の電話が来た。
雅人くんかもと身構えたけれど、違った。
相手は、"お母さん"だった。
お母さんが掛けてくるのは、だいたい唯香のことぐらい。それ以外は、緊急時。
まさかと思い、震える手で応答ボタンを押すと真っ先にお母さんの声が耳を貫いた。
「唯菜!どこにいるの!?」
「緑町」
「とにかく、病院に来て。唯香がー!唯香が危篤なのよ!」
唯香が危篤ー?
一瞬、何を言ったのか分からなかった。
お母さんに聞こうと思ったけれど、いつの間にか電話は切れていた。
急いで、唯香の入院している病院に足を運んだ。

唯香は、そこにいた。
「ゆい、か…?」
唯香の体は、もう全身透明化していた。
お医者さんと看護師さん、そしてみんながベッドの周りに群がっている。
唯香の呼吸は、早くて息苦しそうだった。
「唯香の治療をしてくださいっ!」
わたしは、お医者さんに言ったけれど首を振って何もしてくれなかった。
「どうして、唯香なの………?」
お母さんが泣き崩れていて、それをお父さんとお兄ちゃんが宥める。
わたしも、体がユラユラ揺れている気がする。
「ゆい、か…!いか、ないで!お願いっ!」
神様が居るなら、願う。
唯香を連れて行かないでください。
まだ、唯香は生きられます。だからー!




でも、わたしの願いは打ち消された。
そして、唯香の心臓が静かに動き止めた。
唯香は、幸せそうな顔でこの世を去った。
桜が舞い、綺麗な夜空の中で。
「っ、ぅぅぅ」
涙が溢れ出してとまらない。
「唯香!ゆい、か…」
何度、名前を呼んでも「お姉ちゃんっ!」という声は聞こえない。
本当に、唯香は旅立ってしまったと受け入れられるようになったのは、唯香が亡くなって1週間後のことだった。





4人で、ふらつく足取りで家についた時刻は、10時を回っていた。
みんな、唯香の死に憔悴していた。
お母さんは、唯香にごめんなさいと何度も謝っていた。
お父さんとお兄ちゃんは、俯いていた。目尻には涙が浮かんでいて必死に堪えているんだ、と思った。
わたしたちは、悲しみの余韻に浸っていた。




お風呂に入っていると、ふとわたしの足を見ると踝辺りが透けていた。
少しずつ、わたしの命日が近づいている。
そう感じた。











夜。
わたしは、1つの夢を見た。



「お姉ちゃん!」
「唯香!」
唯香がいた。わたしたちは、抱きしめ合った。
そこで、気が付く。
唯香の体は、痩せ細っていない。病気になる前の健康な姿だった。
わたしは思う。
もう、唯香は苦しまなくて済むのだ。
「唯香…」
「お姉ちゃん…。わたしは、幸せだったよ。お姉ちゃんも今を生きて!ありがとう」
「わたしもだよ!唯香、ありがとう」
「もう、時間だ。じゃあね…」
そう言うと、唯香はスーッと離れていった。
唯香!と叫んだけれど、唯香は笑顔を浮かべるだけ。



そこで、夢から醒めた。
「唯香…」
やっぱり、あの夢のようにはいかないみたい。
リビングに降りると、みんな目の下に隈がある。
「おはよう」
「おはよう…」
返してくれたのは、お兄ちゃんだけ。
「みんな、わたし夢をみたの…」
「わたしもよ…」
「俺も…」
「うん…」
みんな、夢をみたらしい。
「唯香が夢に出てきた…」
みんなも頷いた。もしかしたら、最後唯香はわたしたちに会いに来てくれたのかもしれない。
ありがとう、唯香。
また、会おうね。
やっと、別れを告げる事が出来た。
それだけでも今は充分だった。










部屋に戻ると、唯香とのアルバムをみた。
もう、泣かない。
唯香は、天国に行けないからね。
唯香が生まれてきた日のこと、1歳、2歳と確実にそこには時が刻まれていた。
涙が零れ落ちそうになったが、堪え見続けた。
唯香は、自慢の妹だよ。









アルバムを見終わり、リビングに移動するとお母さんたちは、遺品の整理をしていったらしく家に居なかった。
気晴らしにテレビを付けた。
でも、わたしたち家族の死を知るものはいない。
能天気な人もいる。同仕様もないから、ニュースを観ることにした。

ガチャリ
と家のドアが開く音が聞こえ、テレビを消す。
そして、玄関の方へ向かうとお母さんたちは居た。
唯香のものを重たそうに持つ荷物をお母さんからわたしへとお父さんからお兄ちゃんへとバトンをパスした。
リビングにその荷物を持っていくと、お母さんたちもゾロゾロやってきた。
みんな、ソファに座り込んでしまった。
「誠、唯菜…」
「何?」
「唯香からの手紙、読むっ…?」
一瞬、息が止まりそうになった。唯香からの、手紙…?
「読む」
そう言うと、お母さんは荷物から白い便箋を2枚取り出し、双方に渡した。











拝啓、お姉ちゃんへ
これを見つけた事は、わたしはこの世にいないであっているかな?
うん、お姉ちゃんわたしはもう大丈夫だよ。
不治の病にかかっていてもお姉ちゃんはいつものように優しくしてくれた。
ありがとう。オリジナルのお話もね!
わたしね、病気になって1つ分かった事があるの。
わたしは、好きというのが今まで分からなくて、家族の事も好きか分からなかった。
でも、みんなのおかげで好きという感情が少しずつ分かったんだ。
ありがとう。
みんな、生きて。
わたしは、ずっとずっと待っているからね。
またね。
唯香より








わたしは、泣いた。
読み終わったのかお兄ちゃんも泣いていた。
泣いて泣きまくった。









そして、数日のうちに唯香のお葬式は終わった。
唯香の友達も来てくれた。
あれから、雅人くんとは連絡を取っていない。
何故か、取る気になれなかった。
こうして、唯香の亡くなった1週間は終わりを告げた。