退院の日は、家族揃って迎えに来てくれた。
「唯菜。おかえり」
お母さんがそっと声をかけてくれた。
久し振りの我が家は、唯香の遺影を除いて何一つ変わらなかった。
「ねぇ、お母さん。明日、出かけていい?」
「良いよ」
明日は、真人くんの命日らしい。
桜は、葉となり若葉が生い茂っていた。
春は、もう終わりわたしの余命は2ヶ月〜3ヶ月ほどとなった。

「唯香の納骨っていつだっけ?」
「あぁ、明々後日よ。早いわね…」
「ね」
「おい、唯菜」
お母さんとの会話が終わり、今度はお兄ちゃんに呼ばれた。
「何?」
「雅人だろ?恋人って」
「え、あ、うん。そう、だけど…?」
「これ」
手渡されたのは、赤いギンガムチェック柄のアルバムだった。
幼いわたしの字で、「おもいで」と書かれている。
今とは違う、汚い字に薄ら笑みを浮かべてしまう。
「ありがとう」
部屋に行き、アルバムを開くと真人くんと雅人くん、そしてわたしの3人で撮った写真があった。
あとは、いつの間に撮られていたのか真人くんと指切りげんまんしている様子が写真に収められていた。
他には、真人くんとブランコを漕いで遊んでいる様子、鬼ごっこでわたしが必死で真人くんを追いかけているシーン。
真人くんが鬼でわたしがかくれんぼで隠れているシーンの写真も載っていた。
懐かしかった。
当時の記憶が蘇る。
「真人、くん‥‥」
決して、今は会えることのない人物。
でも、わたしが死んだら真人くんに会えるのかな。
そう思いながら、アルバムのページを開き続けていった。



ープルルルルー
アルバムを見ていると、スマホに1件の着信が届いた。
着信者は、雅人くんだった。
「も、もしもし…」
「あ、唯菜…?明日の事なんだけど…」
「うん、どうしたの?」
「13時に法円寺っていうところで待ち合わせ。法円寺って
 わかる?」
「あー、お墓とかいっぱいあるところ、だっけ?」
「そうそう!じゃあ、よろしく。分からなかったらメッセ    ージで教えて」
「OK!」
そう言いあい、通話を切った。

法円寺、か。
あ、そうだ!
ふと、思い立ちクローゼットからわたしのギターを取り出して弾いてみる。
最近、弾いていなかったから少し埃被っていたけれど音は大丈夫そうだ。
そして、スマホではなくタブレットというかパソコンで"あるもの"を作る。



「うん。これで大丈夫」
わたしは、パソコン内に6人宛のものを作り始めた。
残り、3〜4ヶ月で出来るかなぁ。
怪しいけれど、やってみる価値はあるなぁ。
そうだ!
これに、付け加えでこれも作れば!
作業は、順調に進み昼から作業したはずなのにいつの間にか3時の針を時計は指していた。



リビングに降りると、アールグレイのいい香りがした。
「良いにお〜い」
「唯菜。ノンカフェインの紅茶、飲む?」
「飲む飲む!」
お母さんの言葉に頷いて、ソファの上に座ると机の上に置いてあったお菓子に手を伸ばす。

幸せだな。
こうやって、今生きていることも甘いお菓子を食べれているのも。
家庭内が温かいのも。
全て、幸せなんだな。

もしも、この病気が治るのならわたしは生活環境に困っている人たちの助けになれる仕事に就きたい。

そう思った。

「はい、どうぞ」
紅茶が置かれ、息を吹き返しながらゆっくり飲むと紅茶のいい匂いが鼻腔を擽る。
「う〜ん。美味しい!」
少しずつ飲んで味を舌で感じる。
「唯菜。お料理一緒にしてみる?」
料理?
お母さんの言葉に首を傾げているとお母さんが補足する。
「ハンバーグ、作らない?」
「作りたいっ!」
「じゃあ、一緒に作ろうね」
「うん!」



「えっと…?ん…?こ、こう…?」
よく分からず何かやってみた結果、The肉団子!みたいな立派な形ができてしまった。
「フフフッ。これは、こうよ」
手で形を成形しているお母さんの手元に思わず見入ってしまう。
そういえば、お母さん笑うの久し振りだな。
唯香を喪失してからというのと病気になってからずっと自分のせいだと自分を責め立てていた。

わたしのせいで、唯香と唯菜は病気になった。
わたしなんて、いないほうが良かった。
ごめんね、ごめんなさいー。
こうやって、自分を責め続けた。段々弱々しくなっていって一時期鬱病になってしまった母。

ずっとずっと、笑顔でいてほしいよ。

ガチャリと玄関のドアの音がして、振り向くとあの有名で高級ケーキ屋さんの袋を持った父が現れた。
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
父は、そう言うとさっさとケーキを冷蔵庫にいれた。
「お父さん」
「ん?どうした?」
「あ、や、えっと…。な、何のケーキ買ったの?」
わたしは、父と会話をすることが少なめだ。
だから、話すときはどうしても緊張してしまう。
「ショートケーキ。モンブラン。それが幾つかあるぞ」
「ありがとう」
「あぁ」



お父さんが帰ってきたことに気が付いたお兄ちゃんがリビングにやってきた。
「父さん、おかえり」
「あぁ。誠、ただいま」
「父さん…」
「何だ?」
「明後日、行くよね?」
「何がだ」
「唯香の、納骨…」
「行くぞ。家族だからな」
「ん」
同性のお兄ちゃんでさえ、お父さんと話すのは勇気がいるみたいだ。
だって、話が終わって「緊張した…」という言葉がポツリと聞こえたから。
何で、だろう。
そう思い、お母さんに尋ねるとこんな答えが帰ってきた。
「あの人は、表情と言葉にあまり出さないだけで本当はすごくわたしたちの事を心配してくれているのよ」
どうしてそんな事が言えるのか、と聞くと夫婦だからよ、と言った。
夫婦か。
もしかしたら、わたしが病気になっていなかったら雅人くんと逢えなかったのかも。
下手したら、好きにならなかったのかも。
少しだけ、病気に感謝した。
でも、病気には燃えるような怒りがあることは忘れないから。