「俺はなんにも主張しない翠が唯一大切にしてたのがすなおだったから、じゃないんだ。奪ってやろうって思ったわけでもない。ずっと翠からきみの話を聞かされて、目の前に突然現れて。解像度が急に上がった時にさ、すなおが抱えていた孤独を俺の不安や孤独と中和させて、もしかしたら状況が劇的に変わらなくても、きみとならたとえ地獄でも光を信じられるかもしれないって思ったんだ」

「私にそこまでの力はきっと無いよ。でも藍が抱えているものはあなたにはあまりにも重たすぎた。もちろん、藍が救われるのならこれからの翠がそうなってもいいなんて思ってない。どちらかだけが幸せだったらそれでいいなんて思えないよ。翠が救われるのは藍が、信じたヒーローがもう大丈夫だって笑っていられることなんじゃないかなって今は思うんだ。あー、でも……」

「うん?」

「綺麗事かも」

「綺麗事?」

「一目惚れでした」

「え?」

「脳内で打ち上げ花火やられたみたいに。爆竹鳴らされてるみたいに。なんでか分かんないけど、あー私、絶対にこの人を好きになるって思ったんだ。だから藍のことを知りたいと思った。抱えてるものが重たすぎるのなら一緒に抱えたい。二人で潰れたっていい。そしたらまた一緒に這い上がってさ、また一緒に踏ん張りたいなって。それも後付けみたいなもんかもね。藍、」

「うん」

「好きです。あなたのことが」

「うん」

「今はそれだけじゃだめですか。あなたを救いたい理由」

「こんな俺でいいの」

「ねぇ、藍」

「ん?」

スッと上げた右腕を、私の人差し指が示す先を藍は見つめた。
静かな海。
真っ黒な口を大きく開けて揺蕩う水面。
そこに命の輝きは感じられない。