でも藍は今日、穏やかな時間を二人で過ごそうと思って誘ったわけじゃないだろうし
私もただ波の音を聴きに、こんな時間に藍を連れ出したわけでもない。

だけどタイミングを掴めないでいると察したように藍のほうから切り出してくれた。
わざと意識したみたいな明るい声だった。

「翠に聞いたよね?」

「うん。花火大会の日に」

「ほんと、その日のうちに話せない俺ってダサい」

「そんなことないよ。簡単なことじゃないから」

「そうだけどさ。何かが起きるたびに一秒も逃げないで向き合える翠は凄いよ」

湿った汐風が藍の髪の毛を揺らす。
郊外よりは涼しい気もする。

「藍も言ってたじゃん……特別な場所じゃなくていいって……現実逃避しなくて済む場所をって」

「考えてたよ。でも今はまだ脳内だけだとしても具現化できたのは翠だったんだ。思ってたって結局どうすればいいか分かんなかった。ぼんやりとした理想はあるけれど、本当にあの場所に″普通″を提案する勇気もなかったし、どういう物かも想像できなかった。なんで急に本気出してきたんだろうとも思ったけどね」

私の顔を覗き込んでニッと笑った藍。

あ、今はっきりと翠とは違うところを見つけたよ。