「翠?」

「似せようとしてきたんだ。翠が思い描く俺に、翠が求めるヒーローに。父が求める理想の跡取りに。周りの大人達の評価に。似せようとしてきた。それは全部、翠のカタチだった。あいつは俺が全部を持ってると思い込んでる。″昔から藍は凄いんだ″って。自分にはできないって。言い聞かせてる」

「言い聞かせてる?」

「気づかないふりをしてね。俺より凄くならないことを努力してる。だから高校だって俺のとこを受験しなかったんだ」

「なんでそんなことする必要があるの」

「別に特別な理由なんて無いよ。翠のソレに、ドラマや小説みたいに劇的な過去が付随するわけじゃない。ただ俺がお兄ちゃんだから。順当に長男が跡取りになるべきだと思い込んでるから、自分は別に将来に興味がないから。現実なんてそんなもんだよ。そんな物の為に翠は、ただ仕立て上げられてるだけの俺を本気で凄いと思ってるんだ。だから俺の将来の為に自分が凄くなっちゃいけないって思ってること、本当は気づいてるんだろうな」

「でもそれで藍は苦しいんでしょ」

「自分より凄い奴に一番近くで″お前は天才だ″なんて言われ続けるとね。なに言ってんだよって。俺はお前を模倣してるだけなのにって。それで周りに評価されてもそれは俺じゃない。翠ならどうするだろう、翠ならなんて答えるんだろう。ずっとそうやって生きてきた俺は翠のオマージュ。俺は居ない」

「そんなことないっ!絶対に!そうやってきたんだとしても、やってきたのは藍じゃん!思ってたって全員ができるわけじゃないんだって。努力してきたのは藍でしょう?」

「そう思えるくらい、翠が認めてくれたらいいんだけどね。自分のほうが凄いって。だからもういいよって」

「なんで苦しいくせに翠のヒーローで居られなくなるほうが怖いの」

「単純にお兄ちゃんだから、だよ。こんなんでも翠が本気でそう思うんなら弟の光を絶やすことは怖いんだ。それこそ本当に、俺にはなんにも失くなってしまう気がしてさ」

目を細めて悲しそうに微笑む藍に、私はごめんって言った。
首を傾げた藍が私の頭をふわりと撫でた。

「なんでごめん?」

「ありきたりなことしか言えなくて」

「すなおの素直な気持ちが嬉しいよ」

「ん、なんか変な感じ」

「ほんとだ。素直、ばっかだ」