ビーチサンダルをつっかけて夜の砂浜を歩く。
とっくに陽は落ちてるのに、足の甲に蹴り上げた砂の粒が当たる。
まだ少し熱を感じた。

波打ち際に、何をするでもなくただ立って海を眺めている人。

至近距離まで行かなくてもそれが誰なのかすぐに気がついた。

あんなに人間で溢れ返っていたビーチに喧騒的な声は一つもない。

寄せては返す波の音と、海だからだろうか。
少し強めに吹く風の音だけが心地良い。

「藍……くん」

静かな波や風の音よりも私の声はもっと小さかった。
それでも藍くんは振り向いてくれた。

大きい目を細めて、やわく、やさしく微笑んで「あい、でいいよ。タメなんだし」って言った。

「え」

「俺も″すなお″って呼んでいい?翠もそう呼んでるんでしょ?じゃあ俺にもそう呼ばせて」

「……うん」

「すなお」

そう呼んだ藍くん……藍の声も口調も翠とは全然似ていなかった。