◇ 堅岩拳剛 ◇

 突然の訪問者を見送ったあと、堅岩は心の中で呟いた。「そんなに簡単に説得されるわけにはいかない」と。例え次期スポーツ庁長官や可愛い教え子の依頼だとしても、頭越しに決められた筋の通らないことに同意するわけにはいかないのだ。教育は堅岩の人生そのものであり、不可侵の領域なのだ。それを土足で踏み込まれるような今回のことは許せなかった。政治家や役人が勝手に決めたことをハイハイと聞くわけにはいかないのだ。己の信念を曲げるわけにはいかないのだ。しかし、2人の説得に何故か心が動かされているという不思議な感覚を否定することもできなかった。堅岩は訪問者が出ていったドアを見つめて大きく息を吐いた。
          
 その週末、堅岩は自宅に籠って飛鳥と三角の言葉を何度も反芻した。気になって頭から消えなかったからだ。ソファに座り、腕組みをして、彼らの言わんとすることを考え続けた。
 う~ん、
 唸ってから立ち上がって、机の引き出しから1枚の紙を取り出した。それは、教育文化省が作成した『教育委員会制度の概要』だった。そこには、教育委員会制度の意義が記されていた。①政治的中立性の確保 ②継続性、安定性の確保 ③地域住民の意向の反映
 紙を裏返した。具体的な業務内容が記されていた。『学校教育の振興』『生涯学習・社会教育の振興』『芸術文化の振興、文化財の保護』『スポーツの振興』
 スポーツの振興の下欄に記された4項目に目を凝らせた。
 ・指導者の育成、確保
 ・体育館、陸上競技場等スポーツ施設の設置運営
 ・スポーツ事業の実施
 ・スポーツ情報の提供
 う~~ん、
 また唸った。残念ながらどれも十分な取り組みができていなかった。首を振るしかなかったが、それでももう一度紙を裏返して、教育委員会制度の意義をじっくりと読んだ。『個人の精神的な価値の形成を目指す』『子供の健全な成長発達』『学校運営の方針変更等の改革・改善は漸進的なものであること』『地域住民の意向を踏まえる』
 個人の精神的な価値の形成、子供の健全な成長発達、そのどちらも期待するレベルにはほど遠かった。現在の学校運営を続けている限り、この意義の達成は難しいのかもしれないと思った。
 う~~~ん、
 堅岩の唸り声は深夜になっても消えることはなかった。