「早い時期から職業を意識することは極めて重要です」
 産業界代表の委員が、休憩後に再開された審議の口火を切った。
「良い高校、良い大学、良い企業へ行きたいという漠然とした目標からは具体的な行動を引き出せません。自分が何をしたいのか、どんな職業に就きたいのか、それを具体的にイメージできなければ中学校時代に何をすればいいのかわからないのです。しかし、このスポーツ専門中学校は違います。生徒は具体的な目標を持って入学してくるのです。一流のアスリートになるという目標を」
 保護者代表の委員から手が上がった。
「子供たちはいつか自立して社会に出ていかなくてはなりません。自らの力で人生を切り開いていかなければならないのです。ですから、社会がどのように成り立っているのか、その中で人と人がどう繋がっているのか、早いうちから学ぶ必要があるのです。いや、学ばなければならないのです。しかし、ほとんどの教師は学校以外の社会経験を持っていません。教師という仕事しか知らない人たちばかりなのです。それでは社会の仕組みを教えることはできません。でも、今回申請されたスポーツ専門中学校は違います。多くの教師はスポーツに秀でているだけでなく、プロや実業団という学校以外の社会経験を持っているのです。これ以上素晴らしい教育環境があるでしょうか」
 それからあとも発言が相次いだが、スポーツ専門中学校設立に反対意見を述べる委員は一人もいなかった。午前中に反対意見を述べた委員たちは発言することなく議論の行方を見守っていた。
 頃合いと見たのか、それまで黙って聞いていた育多が立ち上がった。
「新しいことに挑戦することはリスクを伴います。しかし、そのリスクを負わなければ未知の領域に踏み出すことはできません。公立のスポーツ専門中学校であり、選抜試験を行うという日本初の取り組みは大きな問題提起でもあります。日本の中学校教育はこのままでいいのか、という問題提起です。夢開市の新たな挑戦は閉塞感が漂う日本の教育制度全般を変革するきっかけになるかも知れません。委員の皆様にご異論がなければ夢開市からの申請を承認したいと考えますが、いかがでしょうか」