◇ 秋村色葉 ◇
          
 スポーツ中学校の校長就任を断った秋村だったが、何故か頭のどこかに引っかかっていて、中学生による非行や虐めのニュースに接する度にそのことを思い出した。だからといって引き受ける気持ちになったわけではなかったが、月を追うごとになんともいえないモヤモヤが大きくなっていた。
 そんな時、都立体育大学ラグビー部の不祥事を知った。監督の顔を思い浮かべると、居ても立ってもいられなくなった。それは旧知の人物だからということだけではなく、同じ指導者としての立場から、更に言えば教育というものの根本から来るものでもあった。それだけでなく、次第に膨らんできているモヤモヤのせいでもあった。

 秋村が夏島宅を訪れたのはミモザが満開になった頃だった。夏島の妹に会うのが目的だった。彼女は都立音楽大学の同期生で、今は親友と呼べる間柄だが、かつてはライバルとして(しのぎ)を削る関係だったこともある。
 夏島と10歳違いの妹は幼い頃からピアノを習い、メキメキと腕を上げ、数々のコンクールで優勝した。そして、当然のように特待生として都立音楽大学に入学した。そこでバイオリンを専攻していた秋村と出会った。2人は演奏会の華として人気を2分した。しかし、卒業後の進路は違っていた。ヨーロッパの著名フィルハーモニー楽団のファーストコールとして活躍した妹は、その後、アメリカの著名音楽院の教授になり、昨年、日本で設立された私立音楽院の理事長に就任した。オーストリアに住んでいた頃、同じ楽団のスイス人バイオリニストと結婚したが、彼女がアメリカに渡ると別居状態になり、気持ちが離れた2人は離婚に踏み切った。日本に帰ってきた時、一人住まいを始める予定だったが、子供のいない夏島が強引に同居を迫り、それ以来兄の家に住むことになった。
 片や秋村は大学に残り、最初から指導者兼指揮者の道を選んだ。都立大学の教授を務める傍ら、日本における女性指揮者の第一人者として活躍している。秋村も一度結婚したが、夫の浮気が原因で9年前に離婚した。それ以来、「私のパートナーは音楽と教育」と公言して、学生の指導に心血を注いでいる。