*  *
秋村(あきむら)色葉(いろは)先生です」
 演奏会終了後、花束を持って楽屋を訪問すると、その場で鹿久田の妹から紹介された。指揮を執っていた女性で、都立音楽大学の教授だった。  
「素晴らしい演奏で感激しました。アンサンブルの素晴らしさに驚きました。でも、ただ調和しているだけでなく、リード楽器はより際立って、本当にメリハリの効いた素晴らしい合奏だなって、聴き惚れてしまいました」
 わたしは自分の感じたままを彼女に伝えたが、彼女はそれを軽く受け流し、いきなり持論のようなものを展開し始めた。
「指揮者の仕事はチームマネジメントなんですよ。チームとして最大の効果を発揮するためにメンバーそれぞれの役割を理解させることが重要なんです。その上で、各自の技術向上を促し、更なる相乗効果に繋げていきます。役割を理解し、技術が向上し、相乗効果が高まると、次は主張です。ソリストとしての表現力を磨くのです」
 急に講義のような話をされたので呆気に取られていると、「先生!」と鹿久田の妹が苦笑いしながら間に入った。
「音楽の話になるといつもこうなんですよ。せっかく演奏を褒めていただいたのに、お礼も言わないで説教するみたいに話すんだから」
 ダメでしょう、というような顔で教授を諭した。教授は舌をチラッと出して、ごめんなさいというように顎を引いた。その仕草が可愛かった。可愛くて純粋な女性だなと思った。

 会場を出て3人で駅に向かっている時、演奏も指揮も妹さんのソロも良かったと鹿久田に賛辞を送っていると、「秋村さんって、いいね」と丸岡が口を挟んできた。すると、「うん。チームマネジメントのこと、わかっているよね」と鹿久田が頷いた。
「校長、頼もうか?」
 丸岡がわたしの顔を覗き込んだ。そんなふうな目で彼女を見ていなかったので一瞬声が出なかったが、言われてみればその通りだった。彼女が校長になってくれたら日本一素敵な学校が作れるかもしれなかった。
「うん、いいと思う」
 自分に言い聞かせるように頷くと、一気に光が差し込んできたような気がして足取りが軽くなった。