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 夏島には意外にあっさりと会えた。もちろん、丸岡が必死に頼み込んでくれたおかげだとはわかっていたが、それでも1週間も経たないうちに会えたのは意外だった。
 大きかった。イメージ以上に大きかった。180センチを超える身長に100キロを超える体重と聞いていたが、目の前にいる夏島は大きな岩の壁と言っても過言ではなかった。
 自己紹介をしたあと、すぐに用件に入ったが、わたしが話し終わるまで真剣な表情で聞いてくれた。誠実な人柄のようで、見た目から受ける怖さは急速になくなっていった。
「面白いことを考えてるね」
 それが夏島の第一声だった。監督室のソファに腰かけた夏島はわたしと丸岡にそれぞれ頷きを返した。
「スポーツ専門中学校の初代校長か~」
 満更でもないというように左手で顎を擦った。
「俺の急所を突いてきたな。未知の領域への挑戦とは」
 してやられた、というふうに丸岡に視線を送った。その瞬間、いけるかもしれない、と胸が躍った。それは丸岡も同じようで期待に満ちた目で夏島を見つめていた。しかし、視線をわたしに戻した夏島の口から漏れたのは、期待外れの言葉だった。
「2年後のラグビーワールドカップが終わったら引退の準備を始めようと思っている。そこで俺が育てた選手の活躍を見届けて、その翌年の大学選手権で優勝して、それを自分の花道とするつもりだ。本当はもう一度社会人チームと戦って、それを破って日本一になるのが夢だった。しかし日本選手権に大学チームは参加できなくなった。だからその夢を叶えることはできなくなった。残念だが」
 大学チームが社会人チームを破って優勝したのは1987年の早稲田大学が最後だったので30年近く遠ざかっており、全く歯が立たないために2017-2018年のシーズンから大学チームの出場枠が無くなったという。
「引退したらのんびりするつもりだ。妻にも迷惑をかけたし、償いをしなければならない。だから妻がかねてから望んでいる地中海クルーズにでも行こうかと思っている。そういうことだから、とても興味ある誘いだが受けるわけにはいかない」
 決心は硬そうだった。そこをなんとか、と言いたかったが、言えるような雰囲気ではなかった。「お忙しい中、お時間を頂戴してありがとうございました」と頭を下げて監督室を辞した。
 大学を出てからわたしも丸岡も口を開かなかった。この人しかいないという人物に断られたのだからショックは大きかった。しかも、しっかりとしたプランを聞かされた上に奥さん孝行をするために引退すると言われては二の句が継げなかった。
 駅へ向かう足取りは重かった。心はもっと重かった。校長が決まらなければ一歩も進まないのだ。改札口を抜けた時、「じゃあ」と手を上げた丸岡の顔にも笑みはなかった。
「ありがとう」
 わたしもそれだけ言うのが精一杯だった。