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 丸岡に会ったのはその8日後だった。練習がオフの日に時間を割いてくれたのだ。
 所属する会社の寮の1階にある喫茶コーナーに現れた彼はジャージ姿でサンダルを履いていた。
「休みの時はいつもこの格好だから」
 言い訳のように呟いてから、備え付けのコーヒーメーカーのところに行き、サイズの違う紙コップを2つ持って戻ってきた。
「カプチーノでよかったかな」
 わたしが頷くと、それをテーブルに置き、自分の前には小さなコップを置いた。エスプレッソのようだった。
 それを飲みながら丸岡の近況を聞いた上で、スポーツ専門中学校に関する進捗状況と課題を伝えた。すると、「実は」と言って、自らの進路について語り始めた。
「卓球選手の選手生命は長くない。トップレベルで活躍できるのは20代半ばくらいまでなんだ。だから、その年代に差し掛かった選手は引退後のことを考え始める。コーチへ転身するか、完全に離れてしまうか」
「丸岡君も?」
「そうなんだ。いつ引退するか、辞め時を考えている」
 10代の選手が世界ランク上位で活躍している日本卓球界の新陳代謝が速いことは知っていた。彼は決断の時を迎えているようだった。
「今のチームでコーチをすることも考えたが、それでは今までの延長線上でしかない。面白くないし、ワクワクしない。だから流れの中に身を任せるのではなく、この転機を好機にしなければいけないと思い始めた。そのためにはもっと大きな目標を持つ必要がある」
 彼の目に強い光が灯ったように見えた。
「俺は建十字や横河原のように世界で活躍する選手にはなれなかった。しかし、大学や実業団のキャプテンとしてチームを優勝に導く経験ができた。その過程で若手がグングン伸びる姿を目の当たりにすることもできた。それはとても嬉しいことだったが、限界も感じた。大学生や社会人になってから鍛えるのでは遅すぎるんだ」
 そこで声に力がこもった。
「もっと早い時期に才能のある子供を発掘できれば、世界で戦える選手を必ず育てることができる!」
「では、」
 わたしが身を乗り出すと彼は大きく頷いて、「貴真心の話は渡りに船だ。乗らせてもらうよ」と真剣な表情を返してくれた。
「ありがとう。すっごく嬉しい。そこで相談なんだけど、校長に最適な人って誰かいる?」
 すると、間髪容れず一人の男性の名前を口にした。
夏島(なつしま)熱男(あつお)さん。俺の大先輩で、都立体育大学のラグビー部監督。凄い熱血漢なんだ」
 彼は全国大学ラグビー大会で何度も優勝経験を持つ有名な人物で、尊敬できる存在であり、校長に適任だと太鼓判を押した。しかし余りにも大物すぎると思った。
「でも、そんな凄い人が新しい中学校の校長になってくれるかしら?」
「わからない。でも、絶対この人がいいと思う」
「口説ける?」
「わからない。でも、この言葉を使えば」
 丸岡が口にしたのは、『未知の領域への挑戦』という言葉だった。