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 枯田と選挙参謀の自宅、パソコンショップに家宅捜査が入った。彼らには公職選挙法違反の疑いがかけられていた。証拠隠滅の恐れがあるという理由で、枯田と選挙参謀、パソコンショップのオーナーが身柄を拘束され、取り調べが始まった。
 オーナーのパソコンから決定的な証拠が押収された。ファックスに使われていた合成写真だった。それを突きつけると、オーナーは黙秘することなくあっさりと白状した。
「先ず、桜田と背格好が似ている男性を選びます。そいつと若い女性が暗い夜道や陰になった所でイチャイチャしている写真を撮ります。次に、街頭演説をしている桜田の顔写真を撮ります。そして、その顔写真を微妙にぼかします。それを、男の顔に張り付けます。そして、修正をかけます。それから、薄暗い背景に合わせて陰影をつけます。その後、より自然な写真になるように全体を調整しました」
 次に、桜田の妻の写真を追及されると、「顔写真さえあれば、その顔をどんなふうにも加工できます。普通の顔を泣いている顔にすることなど簡単にできます」と白状した。
 それからあとは簡単だった。枯田市長の選挙参謀の指示でやったことや、謝礼に50万円もらったことをペラペラとしゃべった。市長選挙が終わったあとに選挙参謀の腹心が菓子折りの底に忍ばせて持ってきたことも隠すことはなかった。しかしそれで追及が終わることはなかった。
「枯田市長も知っているのか?」
「多分……」
 その途端、オーナーは泣きそうな顔になった。
「許してください。私は言われてやっただけです。勘弁してください」
 いきなり大粒の涙が溢れた。
「このことを息子が知ったら……」
 そのあとは言葉にならず、泣き崩れたまま動かなくなった。
          
 オーナーに続いて市長と選挙参謀が逮捕された。しかし、それだけでは終わらなかった。選挙参謀の腹心にも捜査の手が伸びたのだ。容疑は犯罪ほう助だった。
 彼は夢開中学校の夜間警備員だった。予算不足で監視カメラが一台も設置されていない夢開中学校では、見回りの時間を外してこっそりとファックスすることはなんでもないことだった。もちろん、手袋をして指紋を残すこともなかった。だから、警察の事情聴取に対しては、ファックス送信時間帯には警備室にいたと何食わぬ顔で嘘をついていた。しかし、パソコンショップのオーナーが自白したことで、嘘をつき通すことができなくなった。彼は共犯の罪で逮捕された。
 市長の逮捕を受けて、市議会の対応は早かった。すぐさま市長の不信任案が提出され、全員賛成による可決がなされた。枯田市長は失職し、再選挙が行われることになった。
 立候補したのは桜田ただ一人だった。無投票で当選すると、濡れ衣を証明することができた彼は一躍ヒーローになった。そして、夢開市の未来を双肩に担う権利を手に入れた。
          
 市長に就任した桜田の行動は早かった。三つの公約を実現させるべく、矢継ぎ早に案の取りまとめを役人に指示した。最初に案がまとまったのが、教育特区の予備申請だった。その申請書には、『何処にもない個性的な学校の設立』を核にした夢開学園都市計画の概要が記されていた。それはまだ打診的な内容であったが、内閣府の相談窓口に提出した。内閣府は教育文化省と情報を共有し、それが教育審議会にも回ってきた。