◇ 縦横斜め○△□隊 ◇

「明来貴真心さん」
「はい」
 中学1年生になったわたしは勢いよく手を上げた。身長が低いので教室の一番前の席に座っているが、背中に感じる安心感が体をシャキッとさせていた。一番後ろの席には建十字と横河原と奈々芽がいるのだ。振り向くと、彼らは軽く手を上げて、小さく頷いた。
 窓に目を移すと、抜けるような青空が見えた。そして、遅咲きの桜が校庭で満開の時を迎えていた。わたしの心の中にも正真正銘の春が訪れていた。寒田と黄茂井が学内にも町内にもいないことが大きかったが、それだけでなく、大好きな三人組がクラスメートになるという幸運に心が躍らないはずはなかった。
 その三人組のことを、もう誰も三文字悪ガキ隊とは呼ばなくなった。中学一年生で身長が175センチを超えている3人に悪ガキ隊は似合わなくなっていたからだ。縦横斜め隊。それが彼らの新しい呼ばれ方だった。
「縦と横と斜め……、わたし全然気づかなかった」
 くすくす笑うのを3人はしらっと見ていたが、「縦と横と斜めがいるんだから、丸と三角と四角もいたりして」と何気なく発した言葉に、「おもしれ~。いるかもな。探してみるか」と3人が一斉に食いついた。
          
「いたよ、丸」
 建十字が探し当てた。卓球部の丸岡(まるおか)勝人(かつと)だった。得意満面な建十字に、「やったじゃん、流石!」と横と斜めがハイタッチした。個人情報保護法の影響で生徒名簿が非公開になったため、他のクラスに誰がいるのかわからない状態で見つけたのだ。3人は大喜びだった。
「あとは、三角と四角か……」
 建十字が呟くと、「ミスミなら知ってるよ」と丸岡が言った。
「ミスミじゃなくて三角!」
 3人が声を揃えた。
「だから!」
 丸岡はノートを取り出して名前を書いた。
「えっ?」
 覗き込んだ3人は、一斉に驚きの声を発した。ノートに書かれていた文字は〈三角〉だった。
「これで、ミスミと読むんだよ」
 水泳部の三角優人(みすみゆうと)だった。
 次の日、丸岡が三角を連れてくると、「四角は知らないな~」と三角が首を傾げた。
「四角はヨスミとも読めるけど、ヨスミという名前も聞いたことないしな~」と丸岡も首を傾げた。追随するように縦と横と斜めが一斉に首を傾げた。
          
「見~つけた!」
 わたしは喜び勇んで彼らの元に走っていった。
「四角、見つけたよ」
「誰?」
 5人が食い入るようにわたしを見た。
「柔道部にいた」
 エヘンと自慢げに、わたしは鼻を高くした。
「しかくだ・りゅうと君」
「しかくだ?」
「しかくだって、どんな字書くの?」
 5人が興味津々の顔つきでわたしを見たので、ノートに書いて彼らに見せた。
「鹿久田隆人」
「へ~」
 彼らの驚きようは半端なかった。
 縦横斜め○△□、全員が揃った。しかも彼らはそれぞれの競技で群を抜く才能を有し、その実力をいかんなく発揮する逸材だった。全員が1年生の時からレギュラーのポジションを獲得し、中学3年生の時にはそれぞれの競技で優勝、もしくは準優勝の栄誉を勝ち取った。当然のようにスポーツ関係者が注目した。その期待は大きく、将来日本を代表する選手になる逸材だと目されたほどだった。彼らはプレッシャーに負けることなくその期待に見事に応え、中学校卒業後も目覚ましい活躍を見せ続けた。
 建十字は野球の強豪校に進学し、3年生の夏、甲子園大会で準優勝をした。エラーによるサヨナラ負けという悔しい結果だったが、準々決勝と準決勝で連続完封と連続ホームランという快挙を成し遂げた。その活躍が評価され、ドラフト会議で1位指名をした『北海道ベアーズ』に入団した。その上、契約時に5年後の大リーグ挑戦の確約を得た。
 横河原はサッカーの強豪校に進学し、1年生からレギュラーに抜擢された。3年生の冬には、全国高等学校サッカー選手権大会でベスト4にまで進んだ。PK戦に負けて決勝戦には行けなかったが、大会の得点王となった。そのシュート力が評価され、Jリーグの強豪『東京ゴールデンアローズ』に入団した。プロでも1年目から活躍し、ヨーロッパのクラブチームからのオファーを待つ日々を過ごしている。
 奈々芽は駅伝の名門『緑山学院大学』に進学し、1年生からレギュラーの座を勝ち取った。正月の箱根駅伝では5区の山登り区間を任され、4年連続で区間賞を獲得した。卒業後は実業団の名門『松早電機』に入社した。マラソンで日本新記録を出すことと、オリンピック代表の座を射止めることを狙っている。
 丸岡は都立体育大学でスポーツ心理学を学び、卓球部のエースとして活躍した。大学卒業後は実業団の卓球チームに入り、キャプテンを任されている。
 三角は高校を卒業するとアメリカに渡り、大学と大学院でスポーツ生理学を学ぶと共に、水泳の名門チーム『サンタバーバラ・スイミングクラブ』で練習をしながら次のオリンピック代表の座を狙っている。
 鹿久田は丸岡と同じ都立体育大学に入学し、大学4年生の時に柔道の日本選手権で準優勝した。それが評価されてナショナルチームの特別強化選手となり、日本の無差別級を牽引する一人となっている。
 一方、わたしは都立教育大学に入学し、大学院に進学した。修士課程を卒業したあとは、ある目的をもって教育文化省に入省した。
 そのことを縦横斜め○△□隊にメールしたところ、奈々芽と丸岡と鹿久田が入省祝いを開いてくれた。大リーグへ行った建十字とヨーロッパのクラブチームに移籍が決まった横河原、そして、アメリカ留学中の三角はいなかったが、3人との久々の再会に心が弾んだ。
 ひとしきり食べて飲んで盛り上がったあと、わたしが具体的な所属先を告げると、奈々芽が首を傾げた。
「全国教育審議会?」
「そう、そこの事務局メンバーになったの」
「何やるとこ?」
「教育文化省の諮問機関で、教育全般に関して議論して、答申・報告をするところよ」
「ふ~ん」
 3人は不思議そうな顔をした。
「自分で希望したのよ」
「へ~、そうなんだ。で、貴真心は、そこで何がやりたいの?」
「今は内緒」
 わたしは唇に人差し指を当てた。