風が吹けば磯の香りがやってくる港町。

 平和な街並みにふさわしくない親子喧嘩が、灰田家で繰り広げられていた。


「なんでだよクソ親父!」


 眉を吊り上げ、声を張り上げる旭。

 そんな彼に、父はまたかと呆れたようにため息を吐き、一瞬だけギロリと鋭い目で睨みつけた。

 旭の肩がビクッと跳ね上がるが、父の視線は作業していた手元に戻った。


「あったりめぇだろ! テメェみたいなのは、東京へ行ったって遊び呆けるだけだ! それに、お前長男だろ! 家業を継げってんだ馬鹿野郎」


 荒々しい言葉を投げながらも、手元では丁寧な作業が行われていた。

 父は、町一番の花火職人。

 父自身が会社を経営しており、数人の職人と共に花火を作っている。


「俺はこんなとこで一生を終えるなんて嫌なんだよ!」

「そんな理由で外になんか出せるか! いつまでも馬鹿みてぇなこと言ってんな! 来月は花火大会が立て続けにあるんだ! テメェも手伝え!」

「誰がやるか! 火薬臭いんだよ!」


 最後に吐き捨てるように言うと、工房を後にした。

 旭の背中に向かって「おい待てゴラァ!」と怒鳴り声が聞こえるが、足を止めることはなかった。