〇 学校・教室(放課後)


いつもだったらほぼ静かな教室
勉強する人だけが居残って、部活やバイト・遊びに行く人たちは教室をすぐ出ていく

だけど今日だけは違った
居残る人も、そうでない人も、なかには他クラスの人まで......主に女子が、だけど男子もちらほら教室にいる
そして、私──花畑 結香(はなばた ゆうか)はそんな彼女ら、彼らに取り囲まれていた


同クラ女子 ①「花畑さん、お昼の呼び出しってどういうこと?!」

同クラ男子 α「一条様と知り合いなのか?」


他クラ女子 ⅰ「貴女ね!調子乗らないでくださる?」


そうよそうよと周りの彼女ら、彼らも頷いている
一条様こと一条 由良(いちじょう ゆら)くん
この学校の生徒会長
1年生の頃から生徒会長副会長を務めていて、2年生にあがってすぐの生徒会選挙で会長になった同級生


文武両道に加えて容姿端麗
この学校の生徒は美男美女率が高いが彼は群を抜いて目立つ存在


そしてあるひとつの噂を持つ人物
『一条由良は吸血鬼』
噂といっても、真偽が分からないあやふやなものではない
ほとんど、99%確実な噂


ファンクラブの会員になるには彼に血を捧げ、契約を交わさなければならないんだとか
入会希望者は彼のもとへ行きファンクラブ会長の立ち会いのもと指先から吸血
そしてそんな会員たちはいつか一条くんに首筋から吸血されるという夢を持っているんだとか、いないとか


この学校に文武両道な美男美女が多い理由のひとつとしてあげられるのは吸血鬼がいることだ
吸血鬼は私たち人間よりもはるかに優れていた
初めは物語上だけの架空の存在じゃなかったの?!と心底驚いたけどもう今では慣れっこ


吸血鬼に対して人間が血を提供することを推奨する政策もあるくらい
入学時に任意で血を提出するとその後、吸血鬼から声かけがあり、血を提供する契約を結ぶらしい


吸血鬼にも好みの血と好みじゃない血があって、好みの血と巡り会うためにも必要らしい
任意な血の提供なのにほとんどの人が提供しているらしく、私が断ったとき受付の人が凄く珍がっていたのを覚えている


友だちに話してみるとやっぱり驚いていて、校内で提出してないのはきっと結香だけだよ!とも言われ、もしかしたら私が異常なのかもしれない


友だちA「はいはーい、みんな退いて~」

友だちB「結香は呼ばれただけなんだからそんなに詰め寄らないで」




なぜ呼ばれたか、私のほうが理由を知りたいくらい
放送『2年2組花畑 結香さん。放課後、会長室まで来てください』
ご飯も食べ終えて次の授業の準備をしていた頃、校内放送で告げられた内容を思い出す
2人に手を引かれ、なんとか人集りから抜け出した


友だちA「早く行ってきて!戻ったら話し聞かせてよ?」

友だちB「結香が戻るまでに解散させとくから大丈夫」


2人に任せることになって申し訳なさでいっぱいだけど、コクリと頷いて会長室へ向かった


〇 学校・会長室(放課後)

─コンコンコン

結香「失礼します」

由良「やっと来たか」


同じ学年のはずなのに、さすがはというべきなのだろうか
生徒会長、威厳がある
後ろの扉の向こう側にいるはずの生徒会役員の柊くんが言っていたのも頷ける


『気を付けろよ』


何を気を付けるべきかさっぱり分からなかったけど、この部屋に入って空気が変わったのを感じた
銀髪のウルフカットでセンターパート、言わずもがな整った鼻筋に輪郭
捲った袖から見える白い肌、指にはリングがついていて、耳には左右非対称なピアス
そして、その口元は弧を描いているのに、粗相をすればすぐ処罰されるのではと思うほど鋭く赤い瞳が私をとらえる
その瞳の奥は笑ってなどいなくて、自然と背筋がすっと伸びてしまう


由良「早速だが本題に入らせてもらう」


近くのソファー座るよう促した彼は私の向かい側に腰を下ろした


由良「俺と契約を結ばないか」

結香「…え?あ、失礼しました」

由良「同い年だろ?そこまでかしこまる必要はない」

結香「うん。わかった」


そんな空気の中砕けた言葉遣いにできる人はそうそういないと知ったのは教室に戻って報告した2人に指摘されてからだった
彼が言ってくれたんだからと少し楽観的に考えたこの判断が私の運命を180度変えたなんてことを私は分かってはいなかった


由良「俺が吸血鬼なのは知っているか?」

結香「うん。ファンクラブの人たちが言ってたよ?でも一条君本人から聞いたことはないから......本当なの?」

由良「あぁ。だから花畑さんをここに呼んだ」


彼が吸血鬼なのはわかったけど、それと私を呼んだのって関係あるの?
考えても全くわからない
それが顔に出ていたんだろう一条君は続けてくれた


由良「吸血鬼は人間の血が必要で、任意で血を提供してもらってることは周知の事実───」



〇 夜・家(自室)


その後話を続けた中で最後に言っていた彼の言葉が頭から離れない
『花畑さんの血の香りに惚れてしまった。だけど、俺との契約は他の吸血鬼と違って特別になる。花畑さんの負担にはなりたくない。今言えるのはここまでだけど、花畑さんとしか契約するつもりないからいい返事を待ってる』


今日、私が行ってわかったことと言えば、
①一条くんは吸血鬼
②そして私の血の香りが好き
③だから私とだけ契約を交わしたい
④ファンクラブの人とは契約してない


いや、ファンクラブの人たち可哀想すぎない?
指先に牙をたてるだけで吸血をしていないから契約を交わしてないことになるらしい
だけど、きっとみんな彼と契約を交わしてると思っているはず



もしその事実が漏れて、契約を交わしているのが唯一私とだけだと知れ渡ったら100%なにかされるに違いない
だってファンクラブはガチ恋勢しかいないから


それでも退室前に見た彼の顔が思い出される
『いい返事を待ってる』と言っていたときの表情
悲しそうで、だけれどそれを表に出さないように無理に口角をあげていた


できることなら助けてあげたい
だけど吸血鬼と契約を交わしたことなんてない私
契約の手順とかさっぱり分からない


ファンクラブの人たちと契約を交わしていないんだもんね......


(ホッ......)



でもそうなったら他の誰かから血をもらっているってことだよね......


(モヤ.........)



安心したのもつかの間すぐにズキンと胸の奥がつかえて痛くなったから悩みすぎたせいだと結論付けて布団へ横になった


〇 学校・会長室(放課後)


昨晩、途中で考えるのをやめてしまったためなのかいつもより早く目覚めた
することも特になく、荷物をもって学校まで行く


登校中も教室についてからも考えるのは一条くんのことばかり
おかげでHRの号令も気づかず、ひとりだけ椅子に座ったままで恥ずかしい思いをするはめになってしまった


ついにお昼休みには2人から「どしたん悩み聞こうか?」と言われる始末
HRもそうだけど、授業中当てられても答えられなかったから
そんな私が珍しくて心配してくれた2人


昨日、会長室から戻って話したのは、一条会長とタメ語で話したということだけ
契約云々の下りは話していない
2人には私が一条くんの話の内容が難しくてちんぷんかんぷんすぎたからうまく説明できないと伝えた


友だち A『結香はちょっとおバカだから~(笑)』
結香『え、そこまでバカでもなくない?
一条くんが賢すぎるんだって』
友だち B『実際、賢い人とそうでない人の会話って難しいらしいよ』
という感じで過ぎ去った話題だから



だからなんでもないよと首を振るしかできない
ならいいんだけど
と、聞き出すのを諦めてくれて、かつ、話題を変えてくれたからそこからあとは盛り上がった


そして私は今、昨日と同じように生徒会室を通って会長室の前まで行った
昨日は柊くんがいたけれどそろっと開けた先の生徒会室に今日は誰もいなかった
もしかしたらまだ来てないだけかもしれないけど


会長室の扉をノックする


由良「誰?今日来るやついないはずだけど」

結香「昨日の返事に来た2年2組の花──ガチャ」


扉が開いた先にいたのは、『昨日の今日で来るか?!』と驚きの表情を隠せていない一条くんだった
彼に促され昨日と同じ場所に腰かける
校長室のソファー並みにふかふかしてると思う......校長室のソファーに座ったことはないけれどそれくらい座り心地がいい



由良「何か質問があるのか?さすがに結論はまだでないだろ」

結香「えっとね、結論はもうでてて......」

由良「は?」

結香「私ができること、今回の場合は血の提供をすることだよね。そうすることで一条くんの助けになれらるのなら契約をお願いしたくて......」


ちょっと眉間にシワがよっていて不機嫌そうな一条くん
私何か悪いこと言ったのかな
今になって不安になってくる


由良「後悔しないなら願ったり叶ったりなんだが......本当にいいんだな?後から取り消すのはなしだぞ?」

結香「うん、いいよ!女にだって二言はないんだから!でも、契約の手順だけ、、、あっ!注意事項とかあったら教えて欲しいかも」

由良「手順は花畑さんはなにもすることがないからそこでじっと座っていてくれれば問題ない。注意事項は......」


注意事項を言う前に立ち上がった一条くんは歩きながら私のそばまで来る
心臓がバックンバックン暴れだす
だって国宝級のお顔だよ?
誰だって心臓跳ねちゃうよ


そのまま彼はゆっくり手を伸ばす
シュルリとリボンを解いて、パチパチとボタンもとっていく
え?!私、身ぐるみ剥がされるの?
でも、動かないでと言われていたから私にはどうすることもできない


由良「ごめん、少し痛いかも」


そう言うがいなやカプリと噛んできたのだ
私の首筋に一条くんが牙をたてて
痛さで言えば、シャーペンを逆に持って、しかもノック部分と間違えて強めに押してしまったくらい痛い
いや、もしかするとそれ以上


由良「はい、終わり。痛くして悪かった」


最後、彼が噛み跡にキスをすると痛みがスゥっと消えていった
慌ててポケットから鏡を出して首筋を見ると跡形なんて全くない


由良「契約解除がしたかったらいつでも言ってくれていいから。だけど、...」

その後続けたからの言葉は独り言よりも小さな呟きで聞き取ることができなかった
(だけど、俺は解除する気なんてさらさらない。離すはずない、番にするまで)


結香「一条くん何て言ったの?」


由良「あぁ、なんでもない。花畑さんは気にしなくていいことだから。それより、注意事項を伝えそびれた」


そびれたというか言う前に噛みついてきたじゃない
なんて言えないけど


由良「──花畑さん、俺以外のやつに噛まれるの禁止な」


契約者以外を噛んだとしても吸血鬼界隈では問題ないらしい
だけど共存する上で禁止事項にしたんだとか
それでも破る吸血鬼はいるから気を付けろってことだよね


結香「わかった、守るよ。」

由良「ならいい。また呼ぶから今日は早く帰った方がいい」

結香「うん、バイバイ」


閉める扉の後ろ
今度ははっきり聞こえた
由良『俺以外のやつに噛まれんなよ』
という彼の言葉を


完全に閉じた扉に背中を預けてズルズルしゃがみこむ
絶対顔赤いし、まだ動悸が収まってないし帰れそうにもない


柊「なぁ、大丈夫?これでも飲めば?」


差し出してくれていた紅茶
コクリと飲むとなんだか落ち着けた


結香「柊くん、ありがとう。」

柊「別に。それより、直した方がいい」


彼が指した指先をたどっていくと、ひぇっ
2つ開いたボタンにほどけたリボン

結香「あっ、お見苦しいものを!でも教えてくれてありがとう!あの、紅茶美味しかったよ!では!!」

引いた顔の熱も恥ずかしさでまた上がってきてしまいそう
急いで整えて慌てて生徒会室を出た
もしも誰かに聞かれたら廊下を走ったせいにしよう


柊「へー。由良の選んだ相手は花畑さん......か。」


柊くんが意味深に呟いていたことなんて私は知らない