ピピピッ ピピピッ 
目覚まし時計のアラームが鳴る。「ん、、」
寝ぼけ眼のまま、アラームを止めてベッドから起き上がる。時計を見ると朝の5時だ。
そういえば、昨日は一昨日に録画していたテレビを見るために早く起きたんだった。
昨日の夜は目覚ましの時間をセットをしなかったから昨日のままになっていたのだ。
あ、宿題やってない。面倒くさいから早く終わらせて二度寝でもしよう。
ベッドの脇にあるリュックサックからノートとペンポーチ、数冊の参考書をだして昨日の授業でやっていた問題をみる。
わーむず。でも、この前やったやつと似てる。あ、できた。
中学時代にやっていたものと定期テストでやった問題の解法を応用して解き進め、なんと日那はものの30分で解き終わってしまった。
終わったー。なんか喉乾いたし、ジュースでも飲もーかな。机の上のノート達を雑にリュックサックに戻し、リビングに降りていく。
一階には人の気配がない。お母さん、まだ帰ってないんだ。冷蔵庫を開けると昨日食べ忘れたポトフが残っていた。
「食べるか」そう言ってポトフをレンジに入れ温め、お盆に乗せてジュースと一緒に机の上に乗せる。
「いただきます」ポトフは美味しかったし、ジュースだって喉の渇きを期待通りに潤してくれた。
でも、満足感はない。お腹がすいているわけではないけれど、心にぽっかり穴が開いている感じだ。
「変なの、、、、。」そう言い、食べ終わったお皿を洗ってもう一度二階に上がる。学校へ行く準備をする。
セーラー服に着替えて櫛で髪を数回とかしておわり。オシャレなんかする気にもなれない。
時計を確認するとまだ七時前だった。
少し早いけど、皆と重ならない時間だし、行こ。
ドアを開けると肌寒い風が日那にふきつける。「さむ、、。」
朝葉学園のセーラー服は通気性が高く夏にはピッタリ。でも、冬の寒い日や春秋でも肌寒い日には向いてない。
マフラーでも持ってくればよかったかな、、、。そんなことを思っているうちに校舎が見え始める。
すごくきれいな校舎。輝いてる。私立の中でも結構人気。顔を傾けて自分の身に着けている制服を見る。
綺麗な白。まるでいつかの憧れたウエディングドレスみたいだ。確かアレはパリの有名なデザイナーのやつだった。
ふと綺麗な物に憧れていた幼い頃の自分を思い出す。「綺麗だね!こんなに綺麗な物どうやって作ったんだろ。凄いねえ!」
プリンセスの童話を読んでガラスの靴やカボチャの馬車に目を輝かせずにはいられなかった。
自虐じゃないけど私って結構面倒くさいタイプだと思ってる。その時の同級生にも軽く、いやだいぶ引かれられた。
それでも唯一聞いてくれてた人がいた。
「そうだね、凄いね!あ、パンフレットがあるからお家に戻ってゆっくり見よっか。日那の好きなチョコミントアイス食べながら!」
向日葵みたいな笑顔をこんな私に向けてくれた。あれは、、
バシッ 
急に後ろから背中を叩かれる。後ろを見ると「よーっす!深山はえーな!」思考が停止する。なんで、、?宮乃だ。
反射的に自分の腕時計を確認する。七時二十分。登校完了時刻は八時三十分。普通ならだれも来ない時間だ。
教師たちだってこの時間じゃ数人しかいない。そのはずなのにこの人はなんでいるわけ、、、、、!?
頭が「はてな」でいっぱいだ。「あ、宮乃さんも早いね、、」引きつった笑顔のまま返答する。
「ああ、まあな。色々することもあるし。てかこの前生物の木下がさー」「じゃあ、私行くね。職員室に用事あるんだ。」
宮乃が喋るのを遮る。「あ、お、おう!」宮乃に背を向けて足早に歩き始める。
いや、何?ほんとに。意味わかんない。昨日の今日で関わるとか嫌なんだけど。誰とも関わりたくない。
階段を駆け上がって図書館に向かう。外から中を見ても本棚と古い机に椅子、、、だけ。
良かった、、。いない。嫌いとまではいかないけど、今は一人になりたい。
図書館に入って手前の椅子に座る。ハアアアア、、、、、。
「疲れた。もう帰りたい。そもそも、ガッコーってなんなのさ!イジメとか何。まじで。嫌なら変に意識すんじゃねー!!挨拶と事務連絡だけすりゃ良いじゃんか!!」大声で叫ぶとかなりスッキリする。しかもここは防音も意外とされているし、迷惑にもならない。
、、、、、、と思っている日那の後ろ。図書館の奥の方の扉から覗いている者達がいる。
「わあ、、。日那たまってるねー。どうする?今出てったら気まずいよ?」おかっぱ頭の女の子。花子さんだ。
「そんなん言われても俺だって困るっつーの。本当に何してんだよあのバカ。俺らがいるって考えねーのかよ」和装で背は少し高めの座敷童のコウ。
この二人、オバケ学校の先輩から本を持ってくるように言われ折悪くこの場にいるというわけだ。
オバケの中でも自由なようでいて案外周りに気を遣うタイプの二人だからこそ悩んでいた。
「でも、意外と的を得てるよねえ。日那の言葉って。」しみじみと言う花子さんに対してコウが目を丸くする。
「お前がそういうなんて珍しいな。」コウは本当に驚いているようだった。
「えー、そんなことなっ、、、わーー!」扉ががん開きになる。花子さんがドアノブに手をかけたまま体重をのせてしまったのだ。
「え、、、?」日那の顔がみるみる赤くなる。
「あ、やばい感じ?」花子さんが焦ったように言う。「あたりめーだろうが!」コウが花子さんの頭を叩く。
「いったいなー!なにするのーもう!」「なにするのじゃねえよ!このアホ!」
言い争いをしている二人に影がかかりハッとする。恐る恐る二人が前を向くと日那が立っていた。
顔に青筋をたてながら。「あっ、日那、お、おはよう、、、、、。」かろうじて震える声で返答する。
「おはようじゃないわよー!!!!!」図書館に日那の声が響く。
「どこから聞いてたの!?あーもう、すっごい恥ずかしい!」
怒っているからか恥ずかしいからなのかそれとも両方なのか日那の赤い顔を見て、コウと花子さんの思いは一致した。
【リンゴだ、、!】
ふと、花子さんの視界に時計が入る。
「あ!もうすぐショートホームルーム始まっちゃうんじゃないかな?早くした方がいいんじゃない?、、、、でしょうか。」
花子さんの声を聞きむすっとした表情のまま時計を見た日那だった。次の瞬間にはリュックサックを背負って図書室を出ていた。
「え、はや。」日那のスピードにさすがのコウたちもついていけなかった。
教室に着くと、本当にショートホームルームぎりぎりだった。席に座って呼吸を整えていると、廊下から担任が入ってくる。
春の肌寒さもお構いなしに半袖のシャツを着た高身長で声が大きい先生。
あの数学教師、松宮だ。松宮は教室の後方に座っている私を見てあざ笑うような口調で話しかける。
クラスメイト達の視線がだるい。
「深山、昨日の宿題は終わったのか?まあお前の事だからできなくても仕方な、、」「終わりました。これです。どうぞ。」
松宮が最後まで言い終わらないうちにノートを手渡す。こんなやつに自分のノートを触らせるのもむかつくけど。
「まあ、できていたとしても授業に話を聞いていなければ内申は悪くなるからな、、、。」そう言って顔をしかめ教卓に立ってしゃべりはじめる。もう日那にはなにも聞こえない。ただ音が右から左へと流れていくだけになる。
あー早く学校終わんないかなー。
キーンコーンカーンコーン
7限目終了のチャイムが鳴る。今日は自習で先生たちもいなかったのでクラスメイトの大半が部活や帰宅に向けて走り出す。
スマホを見るとお母さんから一つメッセージが届いていた。
【日那、ごめんね。今日もお母さん遅くなっちゃうから、夕飯は出前でもレトルトでも好きにしていいからね。おやすみなさい】
なんだ、いつものことか。忙しいんだろうからいちいち私にメールとか送んなくていいのに。
お母さんらしいや。そう思うと昨日の口喧嘩の事が頭に浮かんで少しちくっとクる。
「なー深山ー」名前を呼ばれて顔を上げると声の主は宮乃だった。ほんとに昨日からなんなんだ。
一昨日まで挨拶以外なんの会話もなかったじゃんか。「なに?」気分が下がっているせいかつい声に怒気が籠ってしまう。
でも宮乃はそんな事気づきもしなかった。「お前、今日暇?もしよかったら一緒に帰らない?同じ方向のヤツお前しかしないし」
「ごめん。図書館行くんだ。」早く行かないと間に合わない。コウの話だと4時30分に集合すれば大丈夫だったはずだ。
今は4時22分。余裕を持っていきたい。「じゃ、また」短く言って教室を出る。
後ろで宮乃のまたなーという声が聞こえた。
図書館の扉を開けるとコウが一番手前の椅子に座っていた。私が来たのを確認すると不安そうな顔でこちらを見てくる。
「えっと、なに?」私が声をかけると椅子にずるずるともたれかかって「はあああ。良かったー」と言い安心した顔をする。
「何が良かったの?」首をかしげる私に「朝の事、ごめん。って言おうと思ってたけど忘れてたみたいだから言うのやめた」と言い、舌をべっと出す。「わすれんぼー」そう言ってぷいっと私から目をそらし窓の方を向いてしまった。
「気にさせちゃってごめん。そもそも私が勝手に叫んでただけで、コウも花子さんも悪くない。ごめんなさい」
ペコっとコウの方に頭を下げる。すっとコウの手が伸びてきて髪をわしゃわしゃとかき乱される。
「ちょ、え!?」私が驚いた声をあげるとたった一言。「癪だったけどこれで許してやる」
は?なんだ、それ。コウとは私なりに話している方だとは思うがよくわからない。
「ちょっと、ちょっとお。私も混ぜてよー!」おどろいて後ろを振り向くと小首をかしげた花子さんがいた。
オバケだから足音が聞こえないのも当たり前のことだけどやっぱりびっくりしちゃうな。
「あ、そろそろ時間だ。おい、行くぞ。日那の自己紹介もあるんだから。」
コウが乱れた髪を整えて、椅子から立ち上がる。
「えーもう行くのー?まだ日那と遊ぼーよー」ぷうっと花子さんが頬を膨らませる。その様子が可愛くてつい笑顔になってしまう。
「いや、遅れたら日那が困るだろーが。」コウのツッコミに「それもそうか」と珍しく素直になっていて少し可笑しい。
「じゃー日那、行こ。」花子さんに手を差し伸べられる。
その手を取ることは不思議とワクワクした。こんな感じ、久しぶりだ。
ためらうことなく花子さんの手を握ってうなずく。「ありがとう」