数学の授業。あくびをしながら頬杖をつく。
シャーペンとチョークの協奏曲は自然と私の眠気を誘う。どうやらどっかの難関大の過去問を解説しているらしいが聞く気になれない私はゆっくりと窓の方に目を向ける。空は今日も蒼い。ふと思う。私は薄い。体の厚みがとかじゃなくて透明って感じの意味で。
空気みたいに誰かの役に立つならいいけどそんなことはない。
中学ではこんなんじゃなかったはずだった。自分で言うのもなんだけど、そこそこに友達もいて、成績も悪くなかったと思う。
クラスでも目立つことこそなかったが、スルーされることもなかった。ま、モテないし頼み事なんかは断れないタチだったから別に標的にする意味なんかなかったからだろうけど。それでも平穏な日々ってのは物足りなかったけど落ち着いた。
誰かに陰口を言われてんじゃないかってびくびくする必要もないし帰宅するときにひとりぼっちになったりもしない。
そんな日々が変わったのは中3の秋。親の転勤が決まって、東京の高校に通わざるを得なくなった。
新しい家に近くて偏差値もそこそこ。変にその時の私の環境にぴったりだったのが今の学校である朝葉学園だった。
もちろん知り合いもいないし、オシャレだと話題のセーラー服に着せられてる感満載だし正直、環境以外あんまり合わなかった。
最初は話しかけてくれた子達もグループが出来上がるにつれて自然と会話数は減った。
だからかわからないけど学校に行く意義が見いだせなくなった。昼間よりも夜の方が落ち着くようになった。
親から何か言われるのもめんどくさかったし、大事になりたくなかった。スクールカウンセラーに相談なんかできるはずもないし。
だから学校には人並には行けるようにしている。授業なんかはまともに受けなくなったから中学よりは成績も下がったけど赤点は取らないようにしている。先生たちと話すのが嫌だったから。「なんで私、ここにいるんだろ。くっだらなー」そんな事を考えていた時だった。「やま、みやま!深山日那!」自分の名前を呼ばれハッと教壇をみると数学の松宮が顔をしかめている。うわ、やばい。
クラス中の視線が自分に向いているのが分かりまた気分が悪くなる。心の中でため息をつきながら、「はい」と言って起立する。
「聞いているのか?!この問題の答えは!?」顔を赤くしながら数学担当の松宮が指した問題をみる。
「わからないです。」正直にそう答えると松宮の顔がもっと赤くなる。熟したリンゴみたいだ。「お前は本当にやる気がないな!ちゃんと人の話をきけ!真面目そうな顔してるくせに!」そう松宮が言うとドッと笑いが起きる。
いやそれイジメだし。外見で人を判断しちゃいけないって小学校で習うじゃん。誘拐防止ポスターとかにも乗ってるじゃん。
そんなん言うならアンタだって教師になんかみえないし。あー今日ダメな日かも。いつも以上にイライラする。
「あ、私体調悪いので保健室行ってきます。あと、ぼーっとしててすみませんでした。その問題宿題で解いて明日出すんで見ておいてください。失礼します。」そういって教室を出ようとする私の後ろで松宮の怒鳴り声と、クラスメイトの話声が聞こえてくる。
どーでもいいや。別に。階段を上がって移動教室でしか使われない5階のフロアに行く。保健室は一階だけど。空き教室が点々としているフロアの奥にはほとんど人の出入りがない図書館がある。カギは壊れてるってこの前知ってから、さぼり場として使っている。
けっこう昔の漫画とかもあるし、窓から見える景色は綺麗だったから。ドアに手をかけて開けようとすると椅子に座る影が見える。
耳を澄ますと数人の話し声も。
え、誰?と思いながらもドアを開けると椅子に座っているもの達が一斉にこちらを見る。
おかっぱ頭の女の子に、和服を着た男の子に、、ってえ?人体模型?達が驚いた顔をしている。
うわ、不審者?セキュリティ大丈夫かなここ。
「こ、こんにちは。あ、会議中でした?すみません。いま出ますね。」取り合えず何もなかったようにそう言ってドアを閉めようとする。すると、「いや、ちょ、まてまてまて!」おかっぱ頭の女の子がこちらにかけてきてぐいと服を引っ張られる。
え、力つよ。そんなことを思ってるうちに私の体全体が図書館の中に入る。
それをおかっぱの子が確認するとぴしゃりとドアを閉める。
やっと私は状況を把握できた。あ、オバケじゃん、みんな。おかっぱ頭の子は多分花子さんだし、和装の子は座敷童っぽいし。人体模型はまんまだし。本当にオバケに会うことってあるんだー。死ぬのかな私。何にもしてないとはずだけど。
「え!?あんた見えるの!?私たちの事!」おかっぱの子が私に問いかける。
「いや、えっと、まあ。てか人体模型は普通にだれでも見えると思うんだけど。基本的に理科準備室にあるんだし。」冷静に対応する
日那におかっぱの子はきょとんとしている。「それよりー、どうしてここにいるの?普通ならまだ授業中だよ。今日は移動教室もないし。てか、君誰?」痛いところを突いてくる。声の主は和装の子だ。見た目によらず鋭いな。「いやまあいろいろ。あ、私は一年の深山日那。貴方たちは?」
「あ、ああそうだね。まずは自己紹介からだわ。こんなに冷静すぎる子初めてすぎてびっくりしたー。私は花子!よろしく!」二カっと八重歯を出して笑う女の子。「あ、やっぱりそうなんだ。よろしく。で、君達は?」花子さんの隣の男の子に問いかける。
「ああ僕、座敷童のコウ。よろしゅう。」大人びた顔つきしてるわー。え、最近の座敷童ってこんな感じなの?
「私は、人体模型の、、、、人体模型です。よろしくお願いします。」「え、まんまなの?」思わず口に出る疑問。それにこたえてくれたのは花子さん。「ああ、センセーはジンって呼ばれてるよー。人体模型って長いから略してるの!」明るくほほ笑む彼女とは反対に人体模型は「え?私がコ〇ン好きなの知ってたからじゃないんですか、、?!」とめちゃくちゃ落ち込んでいる。
「アハハっ」思わずお腹を抱えて大笑いしてしまう。するとコウ君が「へえー」と言ってにやにやしてこっちを見てくる。
花子さんの方をみてもおんなじ感じ。え、何?なになに、こっちの方が怖いんだけど。
「ねね、日那。私たちと一緒に八限目の授業受けてみない?」、、、ん?「え、ちょ花子さん、今何て、、?」
「日那って耳わるいん?だから同じ授業受けようやって。どうせ部活とか入ってへんのやろ。な、ジン先生?」次はコウ君の面倒くさそうな声ではっきりと。「え、それ勧誘?それとも強制?てか今5月なんだけど?」疑問がありすぎて事態がよくわからない。
いや正確に言うとある程度はわかるんだけど分かりたくないっていうか。
「ああ、もちろん!いいですね。一期生が増えるのですか。少し遅めのご入学ではありますが、いやはや嬉しい限りでございます。」
なんか、決定事項になってない?
「よし、決定!改めてよろしくね、日那!いまアレあげるから!」花子さんはウキウキしたようすで図書館の奥の棚を漁り始める。「いや、まだ私なるとは言ってな、、」私が言い終わる前に「はいこれ!」そう言って制服の胸あたりに何かを付けられる。
見てみるとお札の形をしたバッジだ。「あ、ありがとう、、?」よく見るとご入学おめでとうと書いてある。あれ?私の見間違い?
私の様子を見たコウがポンと肩に手を置く。その顔はどこかおかしそうだし、体が震えている。なに?嫌な予感がするんですけど?
「あ、言い忘れてたけどソレつけたら入学したってことだから。もう断れないよー!」とってつけたように花子さんがゴメンねと手を合わせている。
ん?もしかして、コウ知ってて、、!?!?後ろを振り返るとコウは案の定腹を抱え転げまわって笑っている。
「アンタねえ!!!!」笑いながら逃げ回るコウを追いかけまわす日那とそれを邪魔する花子さんを見ながらジン先生がほほ笑む。
「ご入学おめでとうございます。」
まるで日那の遅めの入学を祝うように葉桜が風になびいていた。