応接間にて、スカーゲンと名乗る若い事務官にお会い致しました。私と同い年くらいのハンサムな男性で、我が国の貴族院卒で有能な人材とお見受けしました。ただ、外交のお仕事には不慣れなご様子。リュメル様の命で急に配置転換されたのでしょう。

「さすがは公爵夫人、外交にお詳しいですね。ご教示ありがとうございました」

公爵夫人……良い響きです。それに私のカアラプシャン国への熱い想い、これからの方向性など熱心に聞いてくださる方がおられるとは、嬉しい限りです。

「スカーゲン様、貴方の上役にライクス王国との関係改善を進言してください」
「かしこまりました。必ず説得致しましょう」

うん、これです。この反応を待っていたのです。

私は久しぶりに笑顔となり、気分良く過ごしているとモッペルがお給仕に来ました。
「お紅茶をお持ち致しました」
「あ、これはどうも……」
「奥様もどうぞ」
「あ、ありがとう。モッペル」

笑みを浮かべたモッペルに何やら恐怖を感じます。
呼び捨てにしたので後で叩かれるかもしれません。
だけど、今は公爵夫人です。来客とお会いしている時間だけでも演じなければなりません。いえ、演じるというのはおかしな表現です。だって私は本当の公爵夫人なのですから──

***

あれからスカーゲン様は週に二日ほどお越しになられます。その度に私は公爵夫人を装い、外交の書類を熟考した上でリュメル様のサインを代筆させて頂いています。私はこの時間がことのほか楽しみになっておりました。

「とても美しい字をお書きになるのですね」
「あら、嬉しいです。父の代筆を長らくしていましたので、きっと書き慣れたのですわ」
「公爵夫人の文字は宮殿でも評判でございます」

公爵夫人ねえ。その呼ばれ方も嬉しいけど、もう少し距離を縮めたいかな。

「私のこと、フロリアンと呼んでもよくてよ」
「い、いやあ、それは余りにも馴れ馴れしいです」
「どうぞご遠慮なく。その方が私も気が楽でございます」
「は、はい……ではフロリアン様」
「何でしょう?」
「ライクス王国の外交を執り仕切る主宰をご存知ですか?」
「ゲーニウス殿下のことかしら。ライクス王国の貴族院でご一緒させて頂きましたが、お話ししたことはありませんの」

ゲーニウス・ノルトハイム殿下──
そう、ライクス王国の第二王子で私の憧れの御方。男らしくて賢くて容姿端麗で完璧な男性です。それに、志しも高く同じ皇族のリュメル様とは天と地ほどの違いでございます。
貴族院では余りにも眩しすぎて全く近寄れませんでした。……その御方が?

「どうかなされたのですか?」
「はい、実は上役から聞いたのですが、密入国者を強制送還する手続きに入られたとか……」
「えっ、それは大変です!で、我が国の対応は?」
「はい、どうも国王様は関知せずという従来の方針を変える気はないようで」
「リュメル様はご存知のことでしょうか?」
「上役から進言して頂きましたが、陛下の判断に意見する気はないと、突っぱねられたそうです」
「まずいですわ。今、ライクス王国の対応を間違えると我が国は危ういです!」

私は思わず立ち上がりました。でもその勢いでペンを床へ落としてしまいました。咄嗟に拾おうと手を伸ばしたらスカーゲン様も拾おうとされて、手と手が触れたのです。しかも気づけばお顔が至近距離!

「あ……」