「お嬢様、お掃除のことは私にお任せください」
「ありがとう、ユリカ」

ユリカは私に気を遣っているようです。リュメル様から頂いた大切な仕事に専念してほしいと思っているのでしょう。

──さてと、やりましょうか。

今ではすっかり綺麗に整頓されたこの屋根裏部屋。窓がなく、空気孔から漏れる僅かな光を頼りに、古びた机の上で私はペンを取り、書類に目を通しました。

私は父の仕事を通じて、また隣国のライクス王国に留学した経験から、我がカアラプシャン国の実情を憂いていました。賄賂にまみれた政治的な腐敗、行き詰まった経済に失業者で溢れる首都。失礼ながらリュメル様の贅沢三昧な生活および、外交の主宰でありながら仕事を丸投げにするご姿勢では……

「この国は近いうちにライクス王国に吸収される」
と危惧しております。

***

一通りの仕事を終えた私は、二、三点ほどリュメル様へご報告すべきことがございました。カアラプシャン国の外交に関する重大な案件です。直接リュメル様にお伝えしなければならないと、執務室へ参りました。ところが──

「おい、使用人が御主人様に何の用だ?」
モッペルに見つかってしまいました。これはとても面倒です。
「リュメル様からご依頼された書類のことで、お話がしたく……」
モッペルは私から乱暴に書類を奪った。
「話だと?一体何の話だ!?」

あのね、あなたにこの国の重大な話を軽々しく言えるとでも思うのですか?それに話したところで理解できますか?リュメル様にお伝えできますか!?

この無知で肥満な女に腹が立ちますが、ここは冷静に対処しないと叩かれます。
「外交の問題で気になる事案がございました」
するとモッペルは私を睨んだまま黙っていました。迷っているようですね。

でも、そこへ更に面倒なへクセが現れました。
「フロリアン?お前、そう言ってリュメル様に近づこうとしているのでしょう?」
「いえ、とんでもございません!」
へクセは鼻息がかかるほどの至近距離で私を睨んでいます。とても近いです。お下品な香水の匂いがプンプンします!
「ふーん。お前がいくら頑張ってもリュメル様は相手にもしないわ」
「そ、そうではなくて!」
「なに?この私と張り合おうとしているの!?」
「だから……!」

この公妾はやっぱり私を警戒している。リュメル様に会わせようとしない。

「仕事が終わったなら、さっさと持ち場へお帰りなさい!」
ここは一旦、引き下がりましょう。
「かしこまりました」

私は屋根裏へ戻りましたが、どうしても気になって仕方ありません。書類の中にライクス王国への密入国に関する決議文書が含まれていたのです。この問題に対して我が国は関知しないと記されています。

『こんな外交してたら本当に駄目だと思います。リュメル様から国王様へもう一度、ご検討して頂くよう進言してください!』

このような意見を述べたかったのです。この国を案じて……

ああ、やはり直接お会いして申し上げるべきです!

私は人目を忍んで再び執務室に向かいました。