「フロリアン、よく来てくれた!」

ゲーニウス殿下の執務室に入った瞬間、満面の笑顔でハグされました。そのままモニカが咳払いするまで続きます。

私は突然、ポワーんとしてしまいました。

「どう?こちらの生活には慣れたかい?」
「はい。……いえ、実は皆様が親切すぎて少々戸惑っております」
「なるほど。でもそれだけ君はこの国にとって大切な存在なんだよ」
「ありがとうございます。これも父のなされた事業のおかげだと思います」
「そうだね。今は亡き父に代わって君がカアラプシャン人の希望の光だ。僕はそのことで、ある決断をした」
「……と仰いますと?」
「こっちへおいで、フロリアン」

殿下に手をぎゅっと握られ、宮殿の見える窓の側まで歩きました。私は少々ドキドキしています。

「僕はリュメル閣下と会談する。あの宮殿でね」
「え?リュメル……様と?」

リュメルの名前を聞くと、カアラプシャン国で虐げられた日々を思い出しました。ベリューム家を乗っ取ったあの方々に対する怒りが込み上げます。しかし、その感情は殿下の意外な言葉で消し飛びました。

「そこで君も同席してくれないか?嫌でなければ……」
「わ、私も!?」

ええっ!どうして!?

私は正直、返答に困りました。同席すれば亡命した事が公になります。殿下の意図がわからないのです。

「僕がフロリアンを保護している事実を元御主人に宣言してほしい」
「あ、あの……それはどういう意味でしょうか?」

すると殿下は私の耳元でささやきました。

「フロリアンを僕の婚約者として紹介したいんだ」

──は?な、何を仰って……!?

「お、おからかいにならないでください!」

興奮してしまった私は真っ赤な顔で殿下に詰め寄ってしまいました。

「殿下は私からカアラプシャン国の何を知りたいのですか?ライクス王国への対応についてですか?何でもお答え致しますから、思わせぶりな発言はやめてください!」

ああ、言ってしまいました。これでおしまいかもしれません。婚約者だなんてあり得ませんもの。殿下は私の気持ちを弄んでいるのです!

その時、殿下は優しく両手を握り、そっと顔を近づけてきました。私は恥ずかしくて思わず顔を背けてしまいました。

「驚かせてごめん。でも僕は本気だ。それにカアラプシャン国のことなら君に聞かなくても何でも知っている。多くの諜報員を使っているからね。例えば君があのお屋敷で何があったかも含めて」
「……えっ!?」
殿下と目が合いました。
「使用人の一人に諜報員を潜り込ませていた」
「そ、そこまでして?リュメル様の動向を探っていらしたのですか!?」
「君も知っての通り、我が国はカアラプシャン国からの不法入国やオーバースティ(不法滞留)に困っている。中には犯罪を繰り返す者もいるんでね」
「はい、それは承知しております」
「だから僕はこの問題に終止符を打ちたい」
「それは……つまり」
「我が国はカアラプシャン国を侵略する!リュメル閣下に宣戦布告をするんだ!」

や、やはり殿下は戦争を考えていらっしゃる!

私は意味不明な婚約の話よりも、カアラプシャン国がどうなっていくのかの方が心配になりました。