ライクス王国へ亡命しなさい──!?

もう一通の封筒には亡命手続きに関する書類が入っていました。そして父の遺書はこう締めくくられていました。

『……私は長年にわたり、国の政権に従事してきた。しかし、現皇族の政治は腐りきっている。いずれライクス王国に飲み込まれるだろう。フロリアン、ベリューム家から離れることに躊躇せず、迷わずライクス王国へ亡命しなさい。手筈は整えてある。そこで幸せに生きてほしい。──父より』

「お父様……」
「お嬢様、大旦那様は莫大な財産をライクス王国にお隠しになられています」
「ま、まさか、こうなることを予測されていたのでしょうか?」
「さあ、私には分かりかねます。しかし、あの聡明な大旦那様のことですから、ライクス王国に吸収された後をお考えになっていたのかもしれません」

確かに父は聡明でした。私は父から多くのことを教わり、留学もさせていただきました。今にして思えば、父が外交の主宰であったからこそ、カアラプシャン国はどうにかライクス王国と渡り歩いてこれたのです。それがリュメルでは……。

「大旦那様は散財家と言われていますが、単に贅沢な生活をしていたわけではありません。ライクス王国で事業を行い、お屋敷を建て、財産を移しておられたのです」
「そうだったの……」
 私はしばらく目を閉じ、父の面影を偲びました。そして、決心しました。

「私、ライクス王国へ亡命します!」
「ははっ、このディーナに万事お任せください」
「お、お嬢様、私もお供したいです!」
「もちろんよ、ユリカ!三人で行きましょう!」

***

それから数日間、ディーナのお屋敷で手続きが終わるのを待っていました。ディーナは毎日どこかへ出かけ、時には戻らない日もありました。

「お嬢様、お手続きって大変なのでしょうか?」
「審査に時間がかかっているのでしょう。それに……」

亡命と一口に言っても、そう簡単なことではありません。申告なく勝手に国境を越えると『密入国』となり、見つかればその場で捕まるでしょう。ちなみに密入国者とは、密かに警備の薄い国境を渡るか、就労など一時的に入国したものの、期限を過ぎても居座る人たちを指します。

では亡命とは?一般人と貴族で申請が異なります。一般人の場合、入国を管理する役所に難民申請をします。ただし、民族紛争や経済的窮乏など、しっかりとした理由が必要です。

貴族の場合、政治的な事情がなければ受け入れられません。私は皇族に公爵家を乗っ取られました。つまり、迫害を受けました。それに、私は長年外交の主宰であった父の娘です。諜報員としての利用価値も多分にあるでしょう。

「でも、お国を売るような真似はしたくありません」

私はユリカに話しているつもりでしたが、いつの間にかディーナが屋敷に戻っていました。

「お嬢様、我が国はライクス王国の庇護を受けた方が豊かになると私は思っています。だから諜報員でも何でも良いのです」
「デ、ディーナ!戻ってたの?」
「はい、お嬢様。準備が整いましたので、明朝出発します!」
「明朝──」

いよいよですか。私は緊張して今晩眠れそうにありません!