「では私、このお屋敷を出て行きます」

お父様、お母様、御先祖様、申し訳ございません。私に伝統あるベリューム家をお守りすることは、もはやできません。これ以上、惨めな思いをしながらここに踏みとどまるほど強くはありません。どうかお許しください。

「出て行くと言うのか?本気なのか!」
「はい。僅か三ヶ月でしたが、お世話になりました。ベリューム家を末長くお願い申し上げます。……では、ご機嫌よう」
「待ってくれ、フロリアン!」
「リュメル様、宜しいじゃありませんか。出て行くと言うのなら」
「し、しかし」
「世間の荒波に揉まれれば、いずれ戻って来るでしょう。今は本人のお好きなようにさせてあげるべきですわ。それに、政治秘書ならスカーゲンがいるではありませんか」
「う、うむ。そうか……そうだよな」

私は急いで屋根裏へ戻り、奥様仕様のドレスから普段着に着替え、僅かな荷物をカバンに詰めて出発の準備を始めました。しかし、行くあてもありません。途中から涙が溢れてしまいました。そこへちょうどユリカが帰って来ました。正直に言えば、私はユリカを心のどこかで待っていました。

「お嬢様、どうされたのです!?」
「ううっ……ユリカーー!うわーん!」

私はユリカの胸で大泣きしました。ユリカは私の背中を撫でながら、ゆっくりと話を聞いてくれました。

「お嬢様、私も共に参ります!」
「ユリカ?駄目よ。巻き込むわけにはいかないわ」
「お嬢様のいらっしゃらないお屋敷に、私の居場所はありません」
「ユリカ……ありがとう。でも、どこへ行けばいいの?」
「私にお任せください。実は……」

***

私たちは翌朝、密かにベリューム家を後にしました。そして行き着いた先は、元執事ディーナのお屋敷でした。ユリカは時々ディーナと連絡を取っていたのです。

「お嬢様、よくぞ、今まで我慢なさりましたね」
「ディーナ……ごめんなさい。貴方の解雇を防ぐこともできず、またご迷惑をおかけして……」
「良いのです。私を頼ってくださったこと、大変嬉しく思います。これで大旦那様にも面目が立ちます」
「大旦那?父に?」
「はい。こんな事もあろうかと、生前、大旦那様が私に託されたものがございます」
「何のことですか?」
「お嬢様、こちらをご覧ください」

ディーナは応接間の金庫から箱を取り出し、私に見せてくれました。そこには封筒が二通と豪華なシルクの織物に包まれた金貨がたくさん入っていました。

「これって……」
「はい、大旦那様のご遺書です」
「遺書?初耳です」
「私も中身は拝見していません。お嬢様宛てですので」

私は白い封筒を手に取り、中の便箋を恐る恐る取り出して目を通しました。
そこに書かれていたのは──

『愛するフロリアンへ。
ベリューム家の行く末を、一人娘であるお前に婿養子という形で委ねてしまい、大変申し訳ない。全ては私の所為である。それでも幸せになれたなら、十年後に遺産を渡すようディーナに申し渡してある。
しかし、もし耐えきれずベリューム家から距離を置いたとしても、私にはお前を責める資格などない。その時は……』

これは──?

私はもう一通の封筒を手に取りました。