「あ! 魔法使いじゃないの! 今の今迄何してたのよ!」

 最近の私はすっかり神経が図太くなったのか、突然魔法使いが現れても動じることが無くなっていた。

「ごめんごめん、色々忙しくて中々君に会いに来れなかったんだよ」

 相変わらず分厚い牛乳瓶底のような眼鏡をかけた魔法使いはヘラヘラ笑いながら私の側にやってきた。

「色々って、一体何があったのよ?」

「おっと、それはちょっと口にすることは出来ないかな? これでも僕は謎多き魔法使いだからね?」

 人差し指を立てて、チッチッと左右に揺らす。相変わらずキザな魔法使いだ。しかし、謎多きと言うよりは、怪しいと言う言葉の方がこの魔法使いにはぴったりだと思う。

「ふ〜んそれで、お忙しい魔法使い様。この私めに何か御用でしょうか?」

「あれ? 何だい? その言葉遣い……あ、もしかして僕が中々会いに来ないものだから寂しくて拗ねてしまったのかな?」

「だ! 誰が寂しいですって!?拗ねるですって!? 冗談じゃないわ! 今の私はこの家の飼い犬として皆に可愛がられながら幸せに暮らしているんだからね!」

 半分図星を刺された気分になった私は自分の気持ちを誤魔化すために、強気な態度に出る。

「え? ひょっとして……サファイア。君はまさかこのまま犬の生活に甘んじるつもりじゃないだろうね? 折角呪いの力がかなり薄れてきているのに?」

「何言ってるの? 私は人間よ? 犬の生活に甘んじるはず無いでしょう? 大体……え? ちょっとまって。貴方、今何て言ったの?」

「え? だから折角呪いの力がかなり薄れてきているのにと言ったことかな?」

「そう! それよ!」

 私は興奮のあまり、ワンワン吠えながら魔法使いに尋ねた。

「うん、そうだよ。サファイア。君の呪いは大分薄れている……ひょっとすると、そろそろ呪いが溶けるかもしれないね?」

「本当に? 嘘じゃないでしょうね?」

「勿論だよ。今迄僕が嘘をついたことがあるかい?」

 う〜ん……確かに言われていれば、嘘をつかれたことがあるような、無いような……。

 「でも、君の呪いがそろそろ解けるなら……色々と準備もしておかないといけないかな……」

 何やら魔法使いはブツブツ呟いている。

「え? 準備? 一体準備って何のこと?」

「それは後のお楽しみだよ。さて、それじゃ早速だけど……また僕と一緒にお出かけしようか?」

 魔法使いはパチンと指を鳴らした途端……。

「え? キャアアアアアー!!」

 一瞬で目の前の景色が変わり、気付けば私と魔法使いの身体は夜空に浮かんでいた。

「どうだい、サファイア? やっぱり夜の空中散歩は楽しいだろう?」

 得意気に笑う魔法使いとは裏腹に私は怖くてたまらない。何しろ、森の木々が遥か眼下に見えている。しかも身体はフワフワ浮いているけれども、つかまるものが何もない状態で空中を浮いているのは怖くてたまらない。

「キャアアアア! こ、怖い! 高いの怖い!! お、落ちる!」

 必死で空中で手足をバタバタさせると、途端に魔法使いが大笑いする。

「アハハハハハハ! サファイア、君犬かき上手じゃないか!」

「な、何がおかしいのよ! そ、そんなことより怖いから手を繋いでよ!」

 私は大きな前足をブンブン振りながら魔法使いに訴える。

「う〜ん……でもそんな大きな手を繋ぐのは大変だな……そうだ! 今なら出来るかもしれない」

 魔法使いは何やら呪文のようなものを唱え始めると、徐々に私の身体に変化が起こり始めた――!