王は悩んでいた。

隣国との戦争があり、結果として勝利を得た。

問題はその際に王が口にした発言を発端とする。

「敵将の首をとった者の願いを叶えよう」と声を高らかに宣言した。

その言葉に兵の指揮は高まり、見事敵将を打ち取って戦は終結した。

勝利をおさめた者が王に謁見し、願いを申し出る。

「王の愛娘から一人、我が妻として迎えたい」と。

王はその申し出に頭を悩ませた。

何故ならその願いを口にした者、人間ではなく銀色の毛並みをした巨大な狼だったため。

王に二言はない。

だが相手は狼。

愛する姫を娶りたいとはあまりに不安なことであった。

頭を抱えて唸るばかりの王の前に、愛娘の一人が名乗り出る。

「お父様。私が此度の英雄のもとへ嫁ぎましょう」

長い紫紺の髪を三つ編みにして背中にながす。

ぱっちりとした二重のアーモンドアイに、右目の下には小さな黒子。

ディープピンクの瞳はキラキラ瞬くように輝きを携えている。

「しかしだな、ルーナ。相手は狼だぞ」

これまで考えたこともない悩みに王は歯切れを悪くする。

第一王女・ルーナはいつまで経っても覚悟を決めない王ににっこりと微笑み、背筋を伸ばした。

「王ともあろう方が約束を破られるわけにはいきませんわ」

「うーん……」

「下の姫たちはまだ幼い。ですからここは私がまいります」

目を柔く細めて、おっとりとした笑みを浮かべた。

「英雄の妻になれますこと、とても誇らしく思いますわ」

あぁ、これは止めても無駄だと王は察して頷いた。

ルーナは一度言い出したらきかない頑固な性格をしている。

下に6人も妹姫がおり、それゆえ面倒見の良さもあった。

(戸惑い? 恐怖? ……そんなものないわ。どうせ好きな人といっしょにはなれないのだから)

狼だろうが、人だろうが、どちらでもよい。

王女としての選択、長女としての役割を放棄出来れば満足だった。

まだ下の姫たちは数えて十にも満たない年齢。

一人歳の差のあるルーナからすればかわいいものだ。

その責任感と庇護欲がルーナを突き動かす。

こうして第一王女・ルーナは戦争の英雄である銀狼のもとへ嫁ぐこととなった。