「ええっと、先日謝罪してもらったので、全てが意地悪ではないとは分かるのですが……到底今日終わらないだろうという書類を渡してきたのに、俺がやった方が早いって言い出したり、退社間際に仕事を入れてきたり……意地悪されているのだと思ってしまいます。そもそも今の社長の態度は子どもっぽいです、もうすぐ三十ですよね?」

「はあ? 俺のこと、子ども扱いしてくるわけ?」

 総悟が椅子から立ち上がって机から身を乗り出して抗議してくる。
 そんな彼を一瞥すると、桃花は仕事を続けながら、生返事をした。

「今の社長は、子どもよりも聞き分けが悪いですよ」

 カタカタカタカタ。

(一歳の獅童の方が、もっと素直に話を聞いてくれるわね)

 すると、総悟が再びギシリと椅子に腰かけた。

「何さ、君だって、子ども育てたことないくせにさ」
 
 ……ドキン。
 桃花の心臓が跳ねた。

(「そうですね」って返すのは簡単だけど……)

 正直言って嘘を吐くのは苦手だ。

(子どもを育てていますとは言えないし……)

 しかも、総悟の子どもを。
 桃花は平静を保とうとキーボードを無心で打ち続けた。

「ねえ、だったらさ……」

 総悟から話を切り出される。

「意地悪するよりも、優しくした方が、君の関心は引けるのかな?」

「え?」

 桃花が総悟へと視線を戻すと、互いの視線が絡み合う。
 真摯な眼差しを向けられてしまい、心臓がドキンと大きく跳ね上がった。

「それは……意地悪されるよりは……そうですね……」

 桃花がしどろもどろになりながら返答していたら、総悟がギシリと椅子から立ち上がって、こちらに向かって近づいてくる。
 ドクンドクンドクン。
 気づいたら、手を伸ばせば届く距離にいた。

(あ……)

 桃花が見上げると、総悟の顔が見える。
 彼は懇願するような表情を浮かべてきていた。
 ……桃花は、昔からこの表情には弱い。
 しかも、そっと掌に掌が重なってくるではないか。

「社長……今は……仕事中で……」

 桃花の声が上ずってしまう。

「だったら、また優しくするから、今度はどうか……ずっと俺のそばにいてほしい」

 熱を孕んだ眼差しを向けられると、心臓がドキドキして落ち着かない。

「ええっと……」

 相手の手を振り解けない。
 彼の顔が彼女の顔に近づいてくる。

(まさか……)

 仕事中だというのに、キスされてしまうのだろうか?
 何を期待してしまっているのだろう。
 だけど、ずっと夢にまで見ていた、本当はそばにいてくれたらと思っていた相手で……

(どうしたら……)

 けれども、自分の中で答えが出てしまっているような気もする。

 彼の唇が彼女の唇に触れてきそうになった、その時。