「ねえ、俺の専属秘書さん、今日中に仕事が終わるんだろうね?」

 突然、背後から声を掛けられたので、桃花はびっくりして身体が跳ね上がった。
 先ほどまでは笑顔を見せていた総悟が、ものすごく不機嫌な様子で隣に立っているではないか。

(なんだろう、総悟さん、ものすごく不機嫌……)

 しかしながら、桃花は怯まずにシャンと背筋を伸ばして返答した。

「二階堂社長、もちろん予定通りには終わらせます」

「そう? それなら良いけどさ」

 総悟は、やはりムスッとした態度のままである。

(さっきまで機嫌が良かったのに、何なの?)

 すると、総悟は竹芝へと振り向くと低音で告げる。

「ところで、竹芝は何しに来た?」

「社長にお話があったのですよ」

 すると、総悟がじっとりとした視線を向けながら、これみよがしに溜息を吐いた。

「だったら、この子に話しかける前に、俺のところに来ないといけないんじゃない?」

「それは……大変失礼……いたしました」

「まあ、いいけど」

 明らかに良いとは思っていない雰囲気だ。

(総悟さん、目が全く笑っていない)

 竹芝は、蛇に睨まれた蛙のように怯えた表情を浮かべつつも、総悟への報告をおこうと、まるで逃げるように、そそくさとエレベーターに乗って去って行った。

(あ、竹芝副社長には、先日のサンドイッチの御礼を言いたかったのに!)

 竹芝の乗ったエレベーターが閉まるのを確認し終わると、桃花は総悟からじっと視線を向けられていたことに気付く。

「社長、どうなさいましたか?」

 すると、総悟が少しだけ拗ねた調子で返事をしてきた。

「……竹芝と会う約束をしていた、とかじゃないよね……?」

「え?」

 思わぬ質問だったので、桃花はポカンとしてしまう。

「いいや、おかしな質問をした。竹芝は京香さん一途で、君も既婚者に興味を持つような女性じゃないってこと、知ってはいるけれど」

「それがどうなさったんですか?」

「……別に何もないよ」

 総悟の表情が、まるでむくれた子どものようだ。

「さあ、社長室に戻ろうか?」

「はい、そうですね」

 そうして、桃花は、機嫌が悪くなった総悟と一緒に部屋に戻ることになったのだった。