思いがけない問いかけだった。
 桃花はPCを打つ手を止めると、二階堂副社長の顔を見上げた。

「だって、決まりだから絶対的に従うってことはさ、つまるところ、そういうことでしょう? 真面目なのは良いことだけどさ、指示に従うだけじゃなくて自分の頭で考える癖をつけないと、人生どこかで行き詰っちゃうよ?」

「それは……」

 桃花としては痛いところを突かれた気持ちになって、二階堂副社長から顔を背けた。

「普段からふざけている人にそんなこと言われたくありません……!」

 すると、彼は寂しそうに微笑みながら、ジャケットのポケットに触れる。

「まあ、それもそうか。だけどさ、もしも約束や決まり……世間では当たり前だって言われていることが当然で、それが全てなら……俺はこんなにも……」

 ふっと二階堂副社長の表情が陰った。
 ずっと明るい調子だったのに、どうしたのだろうか?
 ついつい軽口を叩いてしまった自分のことを恥じる。

「いいや、何でもない。ごめんね、桃花ちゃん、抽象的なことを言ってしまって」

 またしても「ちゃん」付けされてしまったが、桃花は反論する気も起きなかった。
 それぐらい彼の顔色があまり良くない気がしたのだ。

(なんだろう、もっと飄々とした男性だと思っていたのに……さっきのものものしい雰囲気は何……?)

 そういえば、桃花はもう一つ彼について気になっていることがあった。

「そういえば、二階堂副社長、何か探し物ですか?」

「え? どうして?」

「先ほどから、ずっとポケットを仕切りに触っているので」

「ああ、もしかして気づいてた?」

 二階堂副社長が冴えない顔色のまま微笑んだ。

「デスクの上にたまに出しちゃうんだけど、普段はポケットに仕舞ってるんだよ」

「お守りか何かですか?」

「いいや、写真だよ」

「写真……」

 ふと、桃花の脳裏に何かが閃く。

「あ……!」

「どうしたの?」

「すみません、少しだけ失礼します!」

 桃花は二階堂副社長の隣を駆け抜ける。

「待って、まだ君のいう就業時間内だよ! 決まりに煩いんじゃなかったの!?」

 総悟の声を聴きながら、桃花は駆け抜けていったのだった。