(総悟さん、よく眠ってる……)

 総悟は、すうすうと寝息を立てながら眠っていた。

「さて、梅小路さん、これから私が社長代行を務めますので、良ければ勤務時間内で良いから、総悟の看病を頼めますか?」

「え?」

「今日の貴女の専属秘書としての仕事です。あ、こちら、お昼ご飯にちょうど良いかなと、社内のコンビニでサンドイッチと飲み物は買ってきておりますので置いておきます。それでは」

 それだけ言うと、竹芝は二人を置いてさっさと出て行ってしまった。

(私が総悟さんの看病……睡眠不足の人の看病……寝せておくだけ?)

 現在の総悟は気持ち良さそうに眠っている。
 桃花はベッドのある部屋を出ると、散らかっているリビングを見渡した。

「お掃除だけしようかな?」

 総悟から私物に勝手に触るなと叱られるかもしれないので、極力触らないように避けて、ひとまず酒瓶や散らかったものだけでも片付けよう。
 そう思って部屋の掃除をはじめた。

「ごみ袋は、あった……! 掃除道具はっと、ここにあるわね」

 ひとまず床に落ちていた瓶を取り除く。ゴミはそんなに落ちていない。掃除機をかけると煩いだろうから、備え付けの箒でゴミを綺麗にした。そうして、透明なアクリルテーブルの上に転がっている瓶や缶を片づけて、グラスはシンクへ持っていく。

「だいぶ綺麗になったわね」

 総悟はそもそも物は置かないタイプのようで、少し整理整頓をするだけで比較的綺麗になった。
 あとはソファの上に散らばる書類をまとめておけば良さそうだ。

「とりあえず、書類はテーブルの上に……」

 その時、ちょうどひらりと書類が舞い上がってくる。

「ええと、あ、これは……」

 桃花は紙を手にして驚きに目を見張ってしまった。

「これって、三年近く前に書いた私の履歴書……」

 新入社員として採用される際に書いたもので、今よりも少しだけ幼い表情をした桃花が真剣な顔をして映っている。

「なんでこんなものが総悟さんの部屋に?」

 個人情報の持ち出しは良くないはずなのだが、社長の権限で大丈夫なのだろうか?
 他には特に書類はなく、他の人物たちの履歴書は存在しない。
 桃花が困惑していると、頭上にさっと影が差した。

「何をやっている」

「え?」

 突然低い声が聴こえてきて、桃花の身体はビクンと跳ねる。
 総悟がすぐそばに立って、こちらを見下ろしていた。

「二階堂社長、目を覚ましたのですね」

 すると、彼が険のある声音で告げた。

「さっさと帰れ」

 桃花は一瞬だけ怯みかけたが、毅然とした態度で挑む。

「竹芝社長代行に二階堂社長の看病をするように言われているので、定時の時間まではここにいようと考えております。だけど、社長がそんなに言うのなら、今から竹芝社長代行に報告して帰ります」
 
 すると、総悟の瞳が忙しなく揺れ動く。
 桃花はその場で立ち上がろうとしたのだが……

「きゃっ……?」

 どうしてだか文句を言ってきた張本人である総悟から、桃花は手首を掴まれてしまう。
 そうして、そのままソファの上に押し倒されてしまった。
 ギシリと音が鳴ったかと思うと、彼女の身体の上に彼が跨ってきたところで、柔らかな重みを感じた。

「社長……?」

 気づいた時には、桃花の顔のすぐそばに総悟の綺麗な顔があって落ち着かない。
 こんなに近いのは、あの夜以来ではないだろうか?
 帰れと言われたり押し倒されたりして、桃花が困惑していると……

「また俺から逃げようとするんだ」

 総悟の翡翠の瞳が仄暗く光る。

「逃げるも何も、帰れって言ったのは、社長で……何を言ってるか分かりませ……きゃっ……!」

「また逃げるかもしれない。だったら……」

 総悟が急に桃花の首筋に顔を埋めてきたのだった。